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2021年3月29日(月)イエスの逮捕 受難週祈祷会 10:00-11:00 ヨハネ18:1-27

  1 18:4 主イエスは自分の身に起ころうとすることをすべて知っておられた。

 何時も弟子たちと一緒に行かれた園に行かれた。自分から進んで行かれた。これは、十字架への道行きが自発的で、積極的な行動であった事を示している。それは、十字架の死に至るまで一貫していた。それは悪の支配者との戦いを自ら進んで行おうとしておられたからである。創世記3章で、第一のアダムが悪の支配者の誘惑で負けて、罪と死が世に入った事柄を、逆転させるためであった。第二のアダムとして勝利し、贖いを成し遂げるための行動であった。

 ユダの裏切りにより、彼と兵士たちがイエスをとらえに来た。イエスはご自分が何をすべきかをしっておられたので、「誰をさがすのか」と二度も彼らに聞いた。彼らが二度とも「ナザレのイエスを」と答えると、「それはわたしです」と応じられた。宗教と政治において悪に染まり、目的を達成しようとしている者たちの世界を、これは代表している。他方、イエスは武器一つ持たないで、天からの軍勢も頼まないで、一人で立ち向かっておられる。一見すると弱々しくみえる。それが天の父のみこころにかなうことであった。その結果は、悪のよりどころに対する最後の戦いで圧倒的な勝利をえられたのである。「わたしはそれです」(エゴ- エイミ=神の御名 I am 出エジプト3:14 わたしはあるエゴ- エイミ)とこたえられたときに、敵は「あとずさりして、地に倒れた。」それは神の御名を聞いたからである。

 イエスは弟子たちを去らせてもらいたいと彼らに願われた。それは、彼らは失われることのないようにと牧会的配慮をなさったからである。ご自分を差し出して、弟子たちを救おうとなさった。8−9節 一人も失いませんでした。

 ペテロは、主がえらんだのと違う方法で、この事態に対処しようとした。本能的であった。剣を抜いて大祭司のしもべマルコスの耳を切り落とした。イエスはペテロがさらに攻撃の手を使うのを直ちに差し止めた。悪の力に剣でたちむかうのではなく、ご自身が神の怒りの杯をお一人で飲むことによって救いは成就するからでした(11節)。さらにペテロの行為は、危うく弟子たち全部を逮捕に至らせ、数珠つなぎとなる危険性があったのでした。

 2  ペテロ三度イエスを拒否する

 イエスは大祭司カヤパの義父であるアンナスの所に連れて行った。24節になって大祭司の所に移っている。その前に、ペテロの動向が記されている。三度イエスを拒む記事がある。駄文ヨハネが大祭司の門番と知り合っていた。それでペテロを紹介して一緒に中に入れてもらった。ヨハネは鶏が無く前に三度イエスを拒むという出来事を書いている(13:38)。ペテロが最初にイエスを拒むきっかけは、門番のはしためが「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。」と言った。二番目の問は25節に出てくる。人々が「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。」である。どれもおなじといかけです。当然こたえは否定を誘い出すように仕向けられていた。三度目の問いは、ペテロに耳を切り落とされた者の親類が「わたしは知らないとでもいうのですか。あなたは園であの人と一緒にいました。」三度ともペテロは否定した。すると鶏が鳴いた。「あなたも」とは何を意味するのか。それはヨハネがイエスの弟子であることがわかっていたので、「あなたも」といったと考えられる。ヨハネは弟子である事を肯定した。ペテロは否認した。はしための言葉にたやすく負けてしまった。女性よ、信仰者をからかってはならない。