ようこそ!海浜幕張めぐみ教会へ!- Welcome to Kaihin Makuhari Grace Church!!

6月20日礼拝の音声ファイルです。
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<礼拝式順>

前   奏
招きの言葉 ペテロの手紙 第一 4章10-11節
さ ん び 「イエスは王 He Is the King」
さ ん び 「愛する我が主よ I Love You, Lord」
開会の祈り
主の祈り
教会福音讃美歌 226番  「しもべらみ声きけ」
聖書朗読 マタイの福音書 25章14-30節
聖書の話      「忠実なタラント活用」 廣橋嘉信牧師
教会福音讃美歌 448番 番 「正しく清き心は」
献   金
報   告
とりなしの祈り 廣橋嘉信牧師
頌栄(教会福音讃美歌) 271番 「父・子・聖霊の」
祝   祷 廣橋嘉信牧師
後   奏  567番[V]「アーメン・アーメン・アーメン」

2021.6.20 マタイの福音書25章14− 30節「 忠実なタラント活用 」廣橋嘉信牧師

序文)主イエス様は終末について預言をされ、「ですから、あなたがたも用心していなさい。人の子は思いがけない時に来るのです。ですから、主人によってその家のしもべたちの上に任命され、食事時に彼らに食事を与える、忠実で賢いしもべとはいったいだれでしょう」(マタイの福音書 24:44・45)と言われました。「人の子(イエス・キリスト)は思いがけない時に来る」のですから、忠実で賢いしもべであるようにと忠告されました。十人の娘のたとえは「賢いしもべ」についての忠告でした。今朝のところは「忠実で」についてのたとえ話です。タラントの活用についての忠告です。預かった賜物を用いてどのように奉仕したかの忠実度について話されました。

Ⅰ 良い忠実なしもべ マタイ25:14-23

1 主人が旅に出るにあたり、しもべたちに、それぞれの能力に応じて財産を預けました。ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントをあずけた。一タラントは現代のお金に直すと約6,000デナリ、1デナリは1日の賃金と換算できる。16年分を超える賃金と同じ価値がある財産です。要は聖徒全員(地上にいる天の御国の民全員)、主イエスの量りに従って、なにがしかのタラントを受けているのです。「私たちは一人ひとり、キリストの賜物の量りにしたがって恵みを与えられました」(エペソ4:7)。1タラントの者でも、少なくても16年分の賃金に換算できる価値ある資産です。ちなみに、あなたの1年間の賃金の16倍と考えると、すごい額を委託されたことが分かると思います。神の国のいのちを永遠に受け継ぐ準備として、地上の一生涯を託されているのですね。主を喜び、栄光を表すようにと託されているのです。

主人は長い間、留守だったが、ついに帰って来て、委託した資産をしもべたちに精算して戻すようにと求めました。五タラントの者は商売をして、色々と運用して利益を出し五タラントもうけました。主人に十タラントを渡した。二タラントを託された者もすぐに出て行って商売をし、二タラントもうけた。四タラントを渡した。主人は彼らに等しい褒め言葉を言った。「よくやった。良い忠実なしもべだ。おまえはわずかな物に忠実だったから、多くの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ」(マタイ25:21)。

2 私たちに主イエス様から委託されているのは何でしょうか。地上のいのち、目に見える賜物、役目、いろいろの能力、これまでの生涯の体験、境遇の一切も委託品です。主の再臨の時に決算報告しないで済むものは何もありません。全部しなければなりません。私たちは主の財産の管理者だからです。それらを「タラント」という金額の単位に直してたとえ話と、主はなさったのです。私たち自身に託されている主人の全財産、いわば私たち自身の全存在と生活の全ては、生まれたときから、主から託された人生であります。「その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。」(第一コリント4:2)

自己卑下しないように、神の子として扱ってくださっているのです。他の人をねたまないことも大事です。預かったいのち、信仰の貴重さを思うべし!

主人は称賛のことばを言って、次にしもべの責任を増やした。たくさんの物を任せられた。最高の報酬を与えた。主人は委託した資産を「わずかな物」と言っている。私たちの目には、莫大な資産を預けられているのだが、天地の創造主、所有主である神様から見ると、「わずかな物」である。御国で受け継ぐ物の最高の報酬を思うべきでしょう。

「忠実」度合い(信頼できる、信用できる)は、しもべが託された物を、どのように誠実に運用したか、にかかっている。五タラントの者も、二タラントの者も、誠実だった。その人の人生のあり方に、褒め言葉を言われました。仕事の量ではありませんでした。こつこつと積み上げた忠実さが、測られているのです。

Ⅱ 悪い不忠実なしもべ マタイ25:24-30

1 一タラントを預かった者は、主人にこう言った。

マタイの福音書 25:24,25「ご主人様。あなた様は蒔かなかったところから刈り取り、散らさなかったところからかき集める、厳しい方だと分かっていました。それで私は怖くなり、出て行って、あなた様の一タラントを地の中に隠しておきました。ご覧ください、これがあなた様の物です。」

彼は正直に自分の行動を話した。主人から委託された資産は返したいと思っていた。金を地の中に隠した。それで預かった物は全部返したと考えていた。しかし主人は叱責して言った。

マタイの福音書 25:26,27「悪い、怠け者のしもべだ。私が蒔かなかったところから刈り取り、散らさなかったところからかき集めると分かっていたというのか。それなら、おまえは私の金を銀行に預けておくべきだった。そうすれば、私が帰って来たとき、私の物を利息とともに返してもらえたのに。」

彼は主人の資産を実質的に減らした。銀行に預けておけば得ることのできる利子を、得ることができない状態にした。主人の期待を裏切った。「悪い怠け者のしもべだ」。彼が挙げた主人の性格は本当ではなく、彼自身が利己主義で怠惰であった。主人に対しては不誠実であった。救い主イエス様について、聖書が伝える神の子としての愛とあわれみに満ちたお方であることを見損なっていた。主人はタラントを望んではいなくて、しもべの忠実さを望んでおられた。

しもべは一タラントを取り上げられただけでなく、外の暗闇に追い出された。「だから、そのタラントを彼から取り上げて、十タラント持っている者に与えよ。だれでも持っている者は与えられてもっと豊かになり、持っていない者は持っている物までも取り上げられるのだ。この役に立たないしもべは外の暗闇に追い出せ。そこで泣いて歯ぎしりするのだ」(マタイ25:28-30)。彼は、暗闇に追い出され、そこで泣いて歯ぎしりすることで、主人の喜びを失った。

2 主からの警告です。「最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です。ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなければ、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょうか」(ルカ16:10−11)。

委託物の管理者の基本姿勢は、「忠実」に管理することです。一タラントの者は管理を怠ったのです。聖書で、管理者・管理人と翻訳されているギリシャ語はオイコノモス、英語stewardshipスチュワードシップ、オイコス(家)+ノモス(配剤・律法・配置 )です。その任務は、主君の財産・しもべ・仕事を委託されているので、主君のために、自分の采配で指図、活用するのです。最後に決算報告をするのです。

3  光の子として、今のこの世の歩みで忠実であれば、来るべき永遠の御国においても忠実を期待できる。この世の生活でたくされた恵みの福音のいのち、霊性、信仰生活、健康、情緒、職業、財産、福音の奥義、賜物、献金、時間、家庭などなどに不忠実であれば、永遠の御国を任せることができるだろうか。物質的なことに不忠実な人に霊的なことを任せられない。この世の中でも、入社したての新人に小さいことから責任を取らせてみる。忠実かどうかを見る。テストケースを経験させないで、いきなり大きな責任を任せたりはしない。この世の生活で、光の子としての歩みがいい加減であるのに、霊的な大事をゆだねることができるかと言うと、それはできない。教会の奉仕についても、同様で、まず賜物による小さい奉仕をテストケースで任せてみて、忠実かどうかを見る。その後に大きい責任を任せる。この世に関わることは永遠の御国に比べて小さいことであるが、軽んじてはならないのです。地上の教会は来たるべき神の国のひな形であることを忘れてはならないのです。すでにそれぞれの立場で、さまざまな責任を任せられている者として、私たちは忠実に、主人イエス・キリスト様に仕えてまいりましょう。ゆめゆめ一タラントの者のように利己主義と怠惰に陥らないようにしましょう。

Ⅲ 主イエス・キリストの再臨に備えているか。

1 主は天に帰られてから、「かなり時がたってから」再臨される(マタイ25:19)。タラントはそれをもって労苦するように信徒に与えられている資産である。それは奉仕の機会であり、すべての物質的、個人的、および霊的な賜物を指していると考えられる。

天の父なる神様は、主イエス様にあって、全ての恵みを価なしで与えてくださっている。例えば、「義認」の告白:ウェストミンスター信仰告白11章3項、ローマ人への手紙 3:24「神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。」例えば、神は私たち信じる者たちに、「聖霊を価なしに与えてくださっている」。私たちの内に住むという驚くべき方法で下さっている。私たちの生活と奉仕に必要なものはすべて聖霊様から来る。神様の恵みによって行えるように、すべての奉仕の責任を負わせてくださっている。負えないような重荷を負わせられない。助け主・聖霊がいつでも共にいて御国の宣教を推進しておられる。

2 ペテロの手紙第一4:10−11 「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。語るのであれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕するのであれば、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。この方に栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン。」

賜物の学びの時に、聖書に出て来る賜物のリストを挙げたのを覚えてください。

イ  まず知的な賜物 Ⅰコリント12章8節

「知恵のことば」と「知識のことば」これらは多くの場合同一人物の中に見られます。

ロ  信仰的賜物Ⅰコリント12章9-10節

(1)  第一は信仰です。救いの信仰ではなく何か「めざましいわざをなす信仰」のこと。

(2) 「癒しの賜物」複数形・さまざまないやし

人間のいのちのあらゆる面で肉体・感情・霊の面でのいやしを意味しています。

(3) 「奇跡を行う力」 dunamis デュナミス

これはイエス様の奇跡に使用されたことばで「力の賜物」と言われています。

(4) 「預言」 神のことばを預かり、預かった言葉を告知することです。

(5) 「霊を見分ける力」霊的識別力、判別力

ハ  異言的賜物 Ⅰコリント12章10節 異言を語ること 異言を解き明かすこと

異言について初代教会では三つの特徴をもって用いられていました。

  •  異言の賜物はペンテコステと同じように地上のどこかで話されている言語を

自由に駆使する能力、新約聖書の異言は前後関係を無視した単なる語句の羅列ではない。文章構造の関係したものである。

  •  神への感謝と賛美を目的としている。
  •  この賜物は神を信じている人々だけでなく、信じていない人々へのしるしとして  用いられた。

ニ 教会の形成に用いられる賜物

(1) 助ける者  (2) 治める者 (3) 勧める賜物(そばに呼ぶの意味)。他人を励まし、慰める人。 (4) 分け与える賜物 これは基本的には金銭に関することです。 (5) 指導の賜物 「前に立つ者」集会の司会、セルリーダー、分科会の指導、委員会の運営などの仕事に本領を発揮します。管理、運営、与えられた権限の執行に関わるすべて。

(6) 慈善を行う賜物 憐れみの行為を実行する賜物「あわれみ」。人から報いを期待しない善行。

(7) エペソ人への手紙4章11節「こうして、キリストご自身が、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある人たちを牧師また教師としてお立てになりました。」使徒・預言者は新約時代の初代教会にのみ特色的に与えられた賜物で、現在は存在しない。伝道者、人々に福音を伝えて、キリストの弟子とし、またキリストの体の責任ある会員とするために神が特定の人たちに与えておられる特別の才能。これは現代においてもさまざまな人々に与えられている。キリストについて人々に語ることを本当に楽しんでいる人で、キリストの信仰に導いたことがある人は、この賜物が与えられている。

(8) 牧師 牧会の賜物 信徒の群れの霊的福祉のために長期間に渡って個人的に責任を負うべく、神がキリストの特定のからだのために特定の者に与えておられる特別な能力である。教師の賜物と連動して働くことがほとんどである。

(9) 独身の賜物 パウロは自分が独身であることについて述べ、それを賜物であると説明している。

(10) もてなし(接待)ローマ人への手紙12章13節「聖徒たちの必要をともに満たし、努めて人をもてなしなさい。」

結び)ヨハネの手紙 第一 2:28「さあ、子どもたち、キリストのうちにとどまりなさい。そうすれば、キリストが現れるとき、私たちは確信を持つことができ、来臨のときに御前で恥じることはありません。」恥じることのない人生を全うさせていただきましょう。

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