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2012.07.6  ヨハネの福音書1章1ー5.14節

「わたしは、神を信じる」使徒信条2  廣橋嘉信牧師

 

わたしは神を信じる、といったとき、それはヨハネ1:1-5.14節に記されている神を信じると告白しています。単に神がいることを信じるといっているのではありません。聖書に啓示されている神様を信じるのです。使徒信条の告白する神はまさに聖書の神様のことなのです。

 

1 それは偶像ではないということです。ことばであり、いのちに満ちあふれているお方だと言うことです。偶像の特徴は、いのちがないということです。人間が作り出した神々です。それは限りある存在です。何よりも聖書に自分をあらわしてくださった神様は創造主です。私たちを創造した神様なのです。はじめから存在しておられたのです。私たちが想像した神々ではないのです。人は自分が考えだした神々の前にひれ伏すのです。自分が考え出した神々にひれ伏しているならそれらはすべて偶像です。金属でできていようと、木像であろうと、紙であろうと、人の思想であろうと、過去の人であろうと、また地位や名誉や、お金であろうと、芸術であろうと、それらの前にひれふしているなら、それが偶像なのです。聖書の神様はそれらと違うのです。

 

2 神様は ご自分の「名前」を、聖書の中にあらわして、私たちに知らせておられます。

それはご自分がどのようなお方であるかをお示しになるためでした。それはあいまいでなく明確に示されているのです。

三つの文脈でしめされました。

① 出エジプト3:13—15

モーセは神に申し上げた。「今、私はイスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました。』と言えば、彼らは、『その名は何ですか。』と私に聞くでしょう。私は、何と答えたらよいのでしょうか。」 神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」また仰せられた。「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」神はさらにモーセに仰せられた。「イスラエル人に言え。あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主が、私をあなたがたのところに遣わされた、と言え。これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。」

「わたしがある」とは、永遠に自分自身で存在していると言うことです。誰かの助けを借りなくても存在しているのです。私たちは誰かに存在を依存しています。誰でもその誕生に際して父と母がいます。

また、「わたしがある」とは、「わたしはそうなるものになる」という意味でもあります。これは神様が全能であることを宣言しています。神が、ご自分であること、またご自分がそうなろうとすることを行うことについて、何も邪魔するものがないということを意味します。「全能の父」という告白はこの名前の言い方から受け止めることができます。

 

② 神様はモーセに「主の名によって宣言されました。」出エジプト34:5-7「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。」

神様が道徳的なご性質があることの宣言です。この名前は啓示された描写ですが、神の御性質と役割の両方について示しています。ここに出てくる性質と役割は聖書の全巻に響き渡っています。聖書を読むとこのご性質と役割が真実であることが神様のお働きによって証明されています。神様が光であるとヨハネが紹介していますが、同時に愛であるとも紹介しています。愛があっても正しくない、純粋さがないということはない。正しくても、優しさや同情がない正しさではないということです。聖いと同時に愛である。栄光に輝いている神であるだけでなく、恵みとまことに満ちているお方でもあります。

③ 神の御子イエスさまは、弟子達に「父、子、聖霊の御名によって」バプテスマを授けなさいと語られました。この場合「御名」は複数形でなく単数形です。三つの人格がいっしょになってお一人の神を構成しているのです。ここであらゆる真理の中で最も頭が混乱し、理解しがたい真理、三位一体の真理に出会います。私たちの神は、その被造物の小さな知性には大きすぎるお方なのです。

信徒信条は、三つの段落にわけて、この真理を告白しているのです。

ヨハネ1:18には聖書の信仰の歴史的な基礎事実、つまり神であられるお方が、その御子によって、私たちにご自分を示され解き明かされたことを伝えています。別々の存在であること、しかし、同じ神様であること、等です。ヨハネ14:16-17「 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。」

 

天の父は、私たち罪深い者を救うために、あがないのご計画を立てられました。そして御子が計画を実行されました。聖霊が信じる者に救いを適用してくださるのです。

聖書にご自分をあらわしてくださっている、このお方が、使徒信条が告白している「神」様です。私たちはこの神様を信じているのです。[attachments]