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7月5日礼拝の音声です。

2020年7月5日 聖晩餐式礼拝式順

前 奏
神の招きと賛美

司会者:主イエス・キリストの恵みがあなたがたすべてとともにありますように。
会 衆:主の恵みがありますように。
司会者:さあ、主に向かって喜び歌おう。われらの救いの岩に向かって、
喜び叫ぼう。
会 衆:感謝の歌をもって,御前に進み行き,賛美の歌をもって,主に喜び叫ぼう。   
一同:主は大いなる神であり、すべての神々にまさって、大いなる王である。    

教会福音讃美歌 106番 若葉のもえるナザレの里 
開会の祈り                        

罪の告白の招き  イザヤ書55章6-7節          
罪の告白の祈り                            
会 衆:あわれみ深い神よ。私たちはあなたに対して罪を犯したことを告白します。思いと言葉と行いにおいて、禁じられたことを行い、すべきことを怠りました。私たちは心と知性と力を尽くしてあなたを愛しませんでした。自分自身のように隣人を愛することもできませんでした。あわれみのゆえに、これまでの私たちをお赦しください。今ある私たちを造り変え、私たちのこれからの歩みを導いてください。そうすれば、あなたのみ心を喜び、あなたの道を歩むことができます。あなたの聖なる御名の栄光が現われますように。アーメン。
個人的な告白 ( 黙祷のうちに )

赦しの確証  
司会者:  詩篇32篇1-2節
会 衆:  アーメン 

平和のあいさつ                            
司会者:神はキリストによって私たちを赦してくださいましたから、私たちも
互いに赦しの恵みを分かち合いましょう。私たちの父なる神と主イエス・
キリストから恵みと平和があなた方の上にありますように。
会 衆:主の平和が、あなたとともにありますように。 

教会福音讃美歌 280番 愛する二人に

みことばの宣教 
聖 書 朗 読   マタイの福音書19章1-12節
聖 書 の 話  「結婚・離縁・再婚・独身」その1
       (ウェストミンスター信仰告白24章)
                     廣橋嘉信牧師
教会福音讃美歌 282番 全き愛 与える主よ

聖晩餐式                        
[制定のことば] コリント人への手紙 第一11章23-29節
[式 辞][祈 り][分 餐]
[一同で祈る]
 私たちの贖い主イエス・キリストの父なる神よ。私たちは、主の聖晩餐に
あずかることができた恵みを心から感謝いたします。
 この主との親しい交わりにおいて与えられた祝福によって、神の子、光の子らしく歩む誓いに生き、各々の十字架を負いつつ御国で祝うその日まで、この聖礼典を重んじ、守らせてくださいますように。
 私たちの贖い主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

献 金           

教会福音讃美歌  272番 みつにまして ひとつの神

祝 祷                       
後 奏      567番 アーメン・アーメン・アーメン

2020年7月5日 マタイ19:1-12「結婚・離縁・再婚・独身」その1
序文)パリサイ人がイエスを試そうとして質問しました。理由があれば「離縁」しても律法にかなっているのか?主イエス様の答えられた順番にしたがって学びをいたしましょう。聖書的な結婚生活の原理、離縁について、さらには独身について触れる学びとなります。二回に渡ります。今朝は、ウェストミンスター信仰告白第24章「結婚と離婚について」。

Ⅰ 結婚の聖書的意味
1 聖書は一夫一婦制 Monogamyを本来の姿としている。
 一項「結婚は、ひとりの男子とひとりの女子の間でなすべきである。どのような男子にとっても、ひとりより多数の妻を、またどのような女子にとっても、ひとりより多数の夫を、同時に持つことは合法的でない。」創世記2:24,マタイ19:5、6、箴言2:17。旧約聖書に多妻、多夫― Poligamyの例が多い。アブラハム、ヤコブ、土師たち、ダビデ、ソロモン等。このPoligamyの起源は、カインの末のレメク創世記4:19。旧約聖書に例が多いからといって、Poligamyが神の理想とは決していえない。まず初めの男女は一夫一婦であった。アダムとイブ。ノアと三人の子供たちも然り。ロト、イサク、ヨシュア、ホセア。ヨブ記、箴言、雅歌、預言者の歌っている夫婦も一夫一婦である。申命記17:17国の王たるものは多妻を戒められている。
 一夫一婦は家庭の幸福の聖書的しるしとされている。Ⅱ列王記4章シュネムの婦人の祝福、詩篇128、箴言12:4、31:10(しっかりした妻は英語でa good wife−wifesではない。)
 新約聖書ルカ1:5-6、使徒5:1、マルコ10:6-9、ルカ16:18「だれでも妻を離縁して別の女と結婚する者は、姦淫を犯すことになり、夫から離縁された女と結婚する者も、姦淫を犯すことになります。」、マタイ5:32。ローマ7:2-3、Ⅰコリント7:2、Ⅰテモテ3:2、テトス1:6。

2 結婚の目的
 二項「結婚は、夫婦お互いの助け合いのため、嫡出の子供をもって人類を、またきよい子孫をもって教会を増加さすため、また汚れの防止のため、制定された。」創世記2:18、マラキ2:15、Ⅰコリント7:2、9
① お互いの助け合い−伴侶性 創世記2:18
イ 男と女がその親密な関係において互いに配偶者となること。男と女はお互いのために造られた。Ⅰコリント7:4―自分の妻を自分の好みに合わせたいと思う夫、自分の夫を自分の好みに合わせたいと思う妻は、どうみても一つの重要な点を見失っている、二人は決して同じになるようには造られなかった。肉体的、感情的、心理的に相違している。しかし、二人はチームを形成し、お互いに補いあい、お互いを仕あげ、理解し合い、個性を相互に関係させあうことにより親密さと一体感を盛り上げていくように造られている。和合した交わりからくる親密さこそ、育てていかねばならない。

ロ エペソ5:28 伴侶性を徹底させるとさらに突き抜けた考えになる。
「自分の妻を愛する人は自分自身を愛しているのです。」マタイ19:6「もはやふたりではなく一体なのです。」夫も妻も配偶者を自分の相手として考えがちである、自分たちを男として女として一緒に住むことを約束した、二人の個人と考えている。使徒パウロは、そこをはるかに突き抜けて、結婚生活とは「一体」であると強く感じている。二人の個人でなく、一体性をもった二分身である。愛にあって不可分に自身に結ばれ、つながったもの。夫が妻を愛する場合、夫は決して自分以外の人間を愛しているわけではない。彼の分身を愛しているのである。この逆もまた真である。夫妻の一方に起こったことは、他方にも起こったと同様である。夫が成功したら妻も成功した。単に助け手というのより妻が夫の一部だからである。夫が妻の一部だからである。妻の喜びは夫の喜びである。この一体性は霊的、経済的、社会的、知的、肉体的に芽生えて成長していくのである。 
 
② 一体性
イ この前提としての肉体的関係一肉体的一体性
 結婚の枠組のうちで性は神の賜物であり、神の創造されたものである。神は、男と女に人を創造されたとき、生殖機能や、神経細胞も創造された。夫婦が親密にむつみあいたいと思う本能、子供を得たいとの欲求、性的な刺激と喜び、そうしたものを含めて創造されたのです。神は、創造されたものを「はなはだよかった」と言われた。
 性は賜物として、その性質、その目的において、もともと良いものです。それが、罪に堕落した人間によって、濫用され、堕落させられて、道徳律や創造の秩序で禁じられているような手段に向けられるとき、汚れた、下品で卑俗な悪となるのです。人間の本能の中で、自己保存についで、第二に強いものは性本能です。性衝動の起こってくる物理的原因は、まだ十分にわかっていない。
 神が人間にこの力を与えられたのは、人類が豊かに増し加わって、思うままにその使命を果たしてゆくものとなることを望まれたからである。
 罪は人の他の力にも及んだのと同じように、性本能をも犯した。性が罪によって、人間生活において困難なものとした。食物や飲み物において道徳律を破らなくても人間は自由にいろいろな方法で、これを満たすことはできる。しかし、性の衝動はそうはいかない。これに応じるのは結婚において結び合わされた男と女だけである。それ以外のあらゆる関係は、神の創造の秩序と神の清い律法に明確に逆らい反する。
 
さて、罪が人間の性質を荒らした後でさえ、なお、性の力と作用は、優雅なものであり、また良いものなのです。キリスト者の夫と妻はいつもそのように考える。結婚は今もなお、聖なる状態であり、結婚における性行為は、神の創造の意志にそうわざで、それゆえに良いものなのです。キリスト者は禁欲主義者でもなく、性的道楽者でもない。ふさわしい慎みや正しい隠し事を拒むものでない。Ⅰコリント10:31「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。」をこのことにも覚えている。
「そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。」お互いをありのまま見せて、恥ずかしいと思わなかった。お互いが惜しみなく、はじらわずに自分の全肉体的自己を相手に与える。それにより、夫婦の夫婦たるゆえんが表わされる。そして結婚をさらに美しいものとしてゆくための要素と、それはなる。夫婦が、お互いを分身として発見してゆくためのいろいろな関係の一つとしてある。

ロ 「一体」―ひとつの肉、全面的合一
 性的役割における相違―人間が男と女にそれぞれ異なって造られたのは、神のみ心の一部である。性の役割も同じである。

ハ 性行為については、そのことを解説してある本を、夫婦で読むことを勧める。愛について、キリスト教の概念はエロスの愛を含んでいる。夫も妻もお互いを性的にも喜ぶ努力は、どこまでも年をとっても、それなりにしていくものなのである。二人で絶えず、共に学ぶ、考え合うべきことである。   
 
③ 子孫の出産
 キリスト教の結婚観で、子供は美しい役割をもつ。夫と妻は一体化のために感情的にも、知的にも、霊的にも、経済的にも多くの時間を費やし、多くの努力をしている。そして神は、この二人に子孫をもつことを許される。子供は両親の一部をもって生まれてくる。それは一体性の結実で、神の祝福である。
 そして、とくに教会の会員として、信仰の子、契約の子は位置づけられている。クリスチャン・ホームの建設を、子供が与えられることで、さらに前進させることができる。信仰の世継ぎとして祈られ育てられていく。子供は神のあわれみの自由な賜ものである。子供がいないということは欠点ではない。子供なしで結婚生活を送ることは、親になるということがないので(養子を別にすれば)、親になれないという苦しみは残る。しかし、決して不幸ではない。子供がいないことにより、自分の希望を神にのみ置くこと、それ故、喜ばしく慰められている。人間存在の意味は、子供がいるということにだけあるのではなく、他の仕方で神と隣人とのために存在することができ、そうすることが許されている。たとえ子供がいなくても、年長者として、年少者に対する任務がある。神は他の面で奮起を促しておられる。ウェストミンスター大教理問答の「父と母を敬え」123〜133問を参照せよ。

④ 汚れ防止のため 罪におちた人間に与えられた目的で不貞の防止。Ⅰコリント7:2。

Ⅱ 信者同士の結婚
 三項「思慮分別をもって自分の同意を与えることのできるすべての種類の人々にとって、結婚することは合法的である。しかし、主にあってのみ結婚することが、キリスト者の義務である。それゆえ真の改革派信仰を告白する者は、無信仰者、教皇主義者、あるいは他の偶像礼拝者と結婚すべきでない。また教虔な人々は、生活におけるなうての悪人や破滅的な異端の主張者と結婚して、つり合わないくびきにつながれるべきではない。」ヘブル13:4、Ⅰテモテ4:3、Ⅰコリント7:36−38、創世記24:57-58、Ⅰコリント7:39、Ⅱコリント6:14、ネヘミヤ13:25−27。
 不信者との結婚の禁止。全人格的存在の土台と、価値観の違いは結婚の交わりの全面的な一体性を育てるときに障害となり、霊的一体性、精神的一体性を阻害します。

Ⅲ 交際の原則
1 ここで、まだ結婚に至ってない、クリスチャンの方々のために、交際の原則を考えておきましょう。聖書Ⅰテモテ4:12、Ⅱテモテ2:22、ローマ12:1、2、エペソ5:1〜21、テトス2:6、伝道者の書11:9−10。
 万一、恋が実を結ばないことになったとき、それによって相手の人生を終わらせてしまわないようにとの配慮を持って交際せよ。
 結婚前の性行為−SEX−は、クリスチャンとして罪意識の重荷を負わせ、必ず、精神的な深い害を後々まで残す。まして、結婚に至らない場合は相手の人生を破壊する。
 さらに、そのような関係に陥らなかったら成功した結婚が、そのような関係が生じたばっかりに、二人の間柄が消滅してしまった例も多い。クリスチャンは神に対し、自己に対し、自己を愛しているその人に対しても罪を犯すことになる。清純と名誉は結婚の準備を整える場合の聖書の大原則である。

2 結婚するまで性的に親密な関係に入ってならない理由、その明白な重要性。
イ 自己の理想に最後まで忠実でありえたという事実から生まれる、計り知れない
満足感を得る。
ロ 自制心を働かすところから生じる人格の成長。
ハ 相手の人物の人格的高潔さに対する尊敬の念の成長。
ニ 二人の関係におけるロマンスの保有。
ト 罪悪感を持たなくてもすむ。曇りなき良心の平和。
チ 二人の結婚関係に汚点をつけるような、また結婚してからの性的関係に満足できる調和を確立するための妨げ(精神的な影響)となるような記憶を過去に持たないで結婚関係に入ってゆく特権。

Ⅳ 不幸にして、過去に結婚関係ではなくて、性的過ちを犯してしまった場合。
1 未信者の時
① 主イエス・キリスト様の十字架の贖いの福音を信じて、神に立ち返り、悔い改め、赦しときよめをいただき、新生の再出発をすることです。その際、再び罪を犯 してはならないとの主イエス様の忠告を大切に聞きましょう。
② 赦しを確信したならば、いつまでもこだわり続けることを止めて、恵みに励まされて、積極的にキリストとの結びを求め、さらなる導きを信じて、明るく歩みましょう。

2 信者の時
① 自分の罪深さに思いを至らせ、主イエス・キリスト様の十字架の贖いの福音を、 もう一度仰ぎ望み、神に立ち返り、悔い改め、赦しときよめをいただき、再出発をすることです。その際、再び罪を犯してはならないとの主イエスさまの忠告を大切に聞きましょう。
② 教会的には、牧師か信頼のおける長老に、告白して、霊的な回復と癒やしのために、祈ってもらいましょう。もし教会において公的な職務についていた場合には、小会会議が最終的に決定する教会訓練(戒規)に従いましょう。
悔い改めは、あなたの一生涯に祝福と恵みを回復させます。

結び)結婚は主イエス様の言う通り、神聖な事柄です。結婚の破れは、背後にある罪と、誤った欲望という根本的な悪の問題です。そのような罪深い私達のために、神は十字架と死と復活の恵みの福音を用意してくださったのです。福音を信じ通すことの力を、助け主により頼んで注ぎ続けていただきましょう。

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