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2018年1月1日 元旦礼拝 説教


 
2018年1月1日 「主イエスの権威」マタイの福音書28章18節

あけましておめでとうございます。

年頭にあたり、福音宣教の原点に立ち戻り、教会のかしらである主イエス・キリストの権威について学び、心新に天の御座を仰ぎましょう。マタイの福音書28章16-20節を年頭の言葉として再確認します。このおことばには、権威と命令と約束があります。今朝は、最初の権威の部分です。7日の礼拝で命令と約束を確認します。

 

「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。」

1 聖書における「権威」

始めに「権威」ということばについて考えましょう。

聖書において「権威」と訳されている言葉は、エクスーシアです。これは、もともと「自由である、許されている、合法的である、能力がある」という意味のエクセスティから出た名詞で、支配する権利とか、行為する自由・許可・力・権威とかを表しており、合法に自由裁量を実現する力(権威)を有するという意味で「公認された力」を表す。このもともとの意味の、「処分する権利」から、新約聖書では主に、神の絶対的で主権的で自由な力(権威)、およびそこに発する権威を表現するようになりました。旧約聖書のヘブル語用法では、「処分する権利、あるものを所有する権利、あることをする権利、または自由、さらに神の絶対主権、主権的力の叙述」になりました。

以上から聖書で「権威」ということばは、「服従を命令したり、強制する自由と力」を指します、また、「所有し、支配し、統治する」といった意味になりました。全包括的な権利、権威をさすと考えられます。

 

2 主イエス様が地上で発揮された様々な権威について福音書の中で記されています。

律法学者の真似できない「権威ある教え」人々は驚きました(マタイ7:29)。「地上で罪をゆるす権威」を持っておられました(マタイ9:4)。「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆる患いをいやす権威」を持っておられ、それを弟子たちに授けられた(マタイ10:10)。「永遠のいのちを与える権威」(ヨハネ17:1〜2)。「それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたはすべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。」

主の教えのことばは、「この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることはありません。」(ルカ21:33)と宣言できた権威あることばだったのです。

救い主イエスが主張された、この絶対的な権威は、実は行動においても示されました。主のことばがむなしいものではなく、権威ある力をともなっていることを数多く証明しておられます。ガリラヤ湖の上で大嵐に出会って、イエス様と弟子たちが乗った船が、今にも沈みそうになったとき、疲れて眠っておられた主イエスさまは、起き上がって「風と荒波をしかりつけられた。すると風も波も治まりました」(ルカ8:24)。これは大自然界に表された、権威です。

 

3 「天においても、地においてもいっさいの権威」は、地上で人間に表された権威をはるかに超えています。ここで天と地の全領域で、服従を要求し、強制し、すべての被造物を無制限に所有し、支配し、おさめる権利と自由と力とが、ご自分に与えられているのだと主張しておられます。本来の天上におられる時に絶対権威者であられた主が、地上に救い主として来られて、名実ともに絶対権威者となられたいきさつですが、それはどうしてかというと、「キリストは神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質を持って現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。それゆえ、神は、キリストを高く引き上げて、全ての名に勝る名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです」(ピリピ2:6-11)。

 

「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においても唱えられる、すべての名の上に高く置かれました。また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つ、かしらであるキリストを、教会にお与えになりました」(エペソ1:20-22)。

 

結び)この権威に支えられて、教会は存在し続けて行きます。ヨハネは最後の審判の時にいっさいの権威を持っておられる主のお姿を見ました。「また私は、大きな白い御座とそこに着座しておられる方(主イエス)を見た。地も天もその御前から逃げ去って、跡形もなくなった」(黙示録20:11)。この一年もまた、絶対的な権威を持っておられる主をかしらと仰ぎ、御国のゴールに向かって、日々の歩みを祈りつつ進めましょう。

明けましておめでとうございます! 

司会 廣橋嘉信牧師 奏楽 石川有希姉妹

前  奏

招きの言葉   詩篇 150篇1−2節

開会の祈り

主 の 祈り (新版使用)

讃 美 歌   411番 すべしらす神よ

聖 書 朗 読  マタイの福音書28章18節」

聖 書 の 話    「主イエスの権威」

廣橋嘉信牧師

讃 美 歌      162番 あまつみつかいよ

契約の子ども祝福の祈り

献   金

報   告

頌 栄            539番 あめつちこぞりて

祝   祷              廣橋 嘉信牧師

後   奏  567番[V]「アーメン・アーメン・アーメン」

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