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2009.10.11 使徒の働き13:1~3 「世界宣教の始まり」

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2009.10.11 使徒の働き13:1~3 「世界宣教の始まり」

序文)主イエス・キリストの福音は、今朝ここに集まっている私たちの所にとどけられました。その始まりは、どこまでさかのぼることができるでしょうか?そのことを学ぶことは世界宣教の歴史を学ぶことでもあります。一番初めに世界宣教師として派遣されたのは誰でしょうか?また、派遣したのはだれでしょうか?

さらに、世界宣教を最初に担った教会は、どこの教会でしょうか?そのようなことをおぼえつつ、使徒の働き13章をまなびましょう。その上で海浜幕張めぐみ教会の世界宣教への使命と責任を自覚でき、宣教の働きについてのビジョンを広げていただきましょう。

 

Ⅰ 最初に宣教師を派遣したのはだれでしょうか?

次にようなみことばがあります。「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」ヨハネ3:14.「神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が聖霊を無限にあたえられたからである。」24節「わたしが天から下ってきたのは、自分の心を行うためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行うためです。わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしが一人も失うことなく、一人一人を終わりの日によみがえらせるためです。」6:38〜39

これらの聖句は、世界宣教が天の父なる神様によって始められ、み父はひとり子を私たちのために世に遣わされたこと、遣わされた御子は、神にことばをはなされ、救いに導かれたひとりひとりを永遠に救いきるために働かれていることを教えています。その働きも聖霊を無限に受けてであると言われています。

主イエス・キリストが十字架にかかってくださって、私たちの罪のために贖いをなしとげ,死に、葬られて三日目に復活してくださり、永遠のいのちへの道をご用意してくださったときに、このすばらしいメッセージを全世界の人々に伝える任務を教会に託されました。「わたしは天においても地においても一切の権威が与えられています。それゆえ、あなた方は行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバブテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。私は世の終わりまでいつも、あなたがたとともにいます。」マタイ28:18〜20。

12使徒たちや、その他の弟子たちが、聖霊降臨の日いらい、福音を伝える働きを開始しました。それは「エルサレムから始まり、ユダヤ、サマリヤの全土、および地のはてまで」と、使命の広がりを与えられていましたが、実際には、世界宣教というほどの積極的な働きがおこなわれるには、しばらくの時が経過しなければなりませんでした。さて、主イエス・キリストが派遣されてきたときの、これらさまざまな要素は、その後の世界宣教のための宣教師方の基本的要素となったのです。

Ⅱ アンテオケの教会

世界宣教の働きを、福音を信じた者たちとして、最初に始めたのは、実は異邦人教会として誕生し、著しい発展をとげつつあった、シリアのアンテオケ教会でありました。この教会には、エルサレムから応援に来ていたバルナバや、宣教の働きのために神によって召され、バルナバが探し出して手伝わせていたサウロたちが、労苦して福音の働きのために仕えていました。福音が前進するに従って多くの働き人も必要になり13:1では他にも預言者、教師として労苦している者たちが記録されています。ニゲルと呼ばれるシメオンがいました。彼はラテン語のニゲルというあだ名を持っていました。ニグロということで黒人でありました。クレネ人でありましょう。イエス様の十字架をゴルゴタへの途中で無理矢理担がされた人「アレキサンデルとルポスの父シモンというクレネ人」(マルコ15:21)と同一人物と考えられています。クレネ人ルキオも預言者として名前がでています。アンテオケの教会の発端は、そもそもクレネ人とキプロス人のクリスチャンが、思いきってギリシャ人にも伝道したことにありました。ルキオはそのような一人でありましょう。さて、国主ヘロデの乳兄弟マナエンは、王ヘロデ・アンテパスと同じ年齢で宮殿の中で共に育ったのです。それにしても一方はバプテスマのヨハネを殺し、イエスの尋問をして恥をさらしたのに、他方マナエンはイエスの弟子としてキリスト教会の指導者として働いているのです。神の恵みと主権の計らいをみます。

彼らがアンテオケの教会の皆と共に、主を礼拝し断食をしている時、神は預言者を通して預言的な発言を与えて、彼ら中から聖霊によってふたりを世界宣教の働きに遣わすようにと命じられました。有り余った働き人の中から二人を選んで派遣するように命じたのではなくて、自分たちの教会の働きだけでも精一杯であるのに、五人の中から二人も派遣するように、それも指導者の立場のバルナバとサウロをというのです。

世界宣教の働きは、このようにして、すべてが整っていたので開始されたのではなくて、アンテオケの教会が生き生きとして礼拝を保ち祈りと断食をおこないつつ、主のみこころを実践してゆこうとする信仰にあふれていたから、神の命令に従って始まったのでした。宣教のはたらきはいつでもこのようにしてはじまります。そして主からの大宣教命令をおこなおうとする信仰が生き生きとしてあれば、そこに召命があたえられてゆくのです。

教会は、断食と祈りをして、二人の上に手をおいて(按手して)から、送り出しました。バルバナとサウロは、この新しい勤めのために、アンテオケ教会での働きから解放されて、派遣されました。この時から3年間にわたって、いわゆる第一次伝道旅行が行われました。世界宣教開始です。教会は彼らを宣教師として公認して送り出したのです。聖霊が働かれて遣わしたのですが、教会は祈りを込めて送り出したのです。聖霊の召命のもとに、教会から送り出されてという事、これが大切です。今日でも、宣教師は件の課題の要は、ここにあります。特別な働きに召されているという確信は、主への礼拝と奉仕に忠実に従っている中で与えられます。召されるのは主です。そして、召される人に、必ずその召命が明白なるようにとお働きになります。教会は、その召命を信仰と祈りに置いて受け止めて、主が派遣されるのだと確信して送り出すところに、世界宣教は進むのです。決して個人的なスタンドプレーではなくて、教会の働きとして、教会から派遣されるのです。

最初の伝道は、エルサレムが中心になって、おもにユダヤ人を中心に行われました。次に教会の活動の中心がアンテオケに移り、ここから、第一次、第二次、第三次と当時のローマ帝国の広がりを追って伝道がつづけられました。そのようすは、伝道を担う中心的な教会が、エペソに、また、アレキサンドリアに、さらにローマにと移動して行った事を教えます。

今日、第三世界と言われる、アジア、アフリカ、南アメリカの教会が著しく成長し拡大して行っています。

 

Ⅲ 現在、初代の諸教会はどのようになっているか?

初期の教会の中心値として栄えたのは、北アフリカ、アルジェリア、モロッコ、チュニジア、また、トルコ、ヨルダン、イラク、イランです。そこは現在人口の99%がイスラム教だというのです。

何が起こったのでしょうか?7世紀にあった大迫害が教会を弱め、名前ばかりのクリスチャン達が、次々とイスラム教に改宗したからだと言われてきました。

しかし北アフリカの宣教師ドヮイト・べーカーは、もっと深い霊的な理由が四つあると言っています。

1 5〜6世紀の北アフリカでは、聖書にたいする無知があった。そこをイスラム教が迫害したので、簡単に破られた。

2 イエス・キリストの福音の中心的な意味が、どこにあるかを忘れてしまい、彼らは業による救いや、禁欲によって十字架のイエスが成し遂げたことを、自分たちで、しようとした。

3 コンスタンチヌス大帝のよって宗教的な自由を与えられた後に、霊的なバイタリティーを失った。

4 宣教に対するビジョンを失った。

 

だから、教会は衰退してしまった。教会が宣教の幻を失うと、衰退し始める兆候であります。西欧の教会は、主イエスの福音が水増しされ、薄められ、ヒューマニズムや物質主義、世俗主義が幅を利かせて衰退の一途にあると言われてひさしいのです。その中で、宣教師を送り出している事を止めてしまった教会も多発しているのです。

聖霊の召命にこたえ田、宣教活動が行われなくなれば、教会は衰退します。

それに対して、主イエス・キリストの世界宣教命令を忠実に果たそうと使命を覚えて働き続ける教会は前進し、用いられつづけるのです。

アジア、アフリカ、南アメリカへの宣教は、これからも拡大してゆかねばなりません。特に日本の教会にとってアジアはカギと成ります。

さしあたって、海浜幕張めぐみ教会は、主の宣教命令について、どのようにその責任を果たして行くのでしょうか。教会のビジョン第五 伝道は次のように表明しています。伝道でんどう  幕張新都心まくはりしんとしんや美浜区みはまく、東関東ひがしかんとう、日本全体にほんぜんたい、全世界ぜんせかいで、わたしたちが出で会あう人々ひとびとに、言葉ことばと愛あいによりイエス・キリストの恵めぐみの福音ふくいんを伝つたえます。

現在教会が行っている宣教活動を、礼拝と祈りと断食をもって再点検しなければなりません。

結び)ベイタウンから始まる宣教の働きは、いま、日本語礼拝をおこなっていますが、近い将来に英語礼拝を加える必要があるのではないでしょうか?そのために一同心を合わせて祈らなければなりません。セルグループ活動による週日の宣教活動も生き生きとして、さまざまな必要に応じたセルの増加が生み出されてゆく為に祈りつづけましょう。世界宣教に派遣する者が起こされる事も、この教会の初めからの祈りです。

主イエス様を天から派遣してくださった天の父は、私たちを暗闇から光に招き入れ、滅びから永遠のいのちに入れてくださいました。御国を受け継ぐものとしてくださったのです。いま、住んでいる近隣に対して、福音のあかし人、宣教者として、あなたが 主から遣わされているのではないでしょうか!

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