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2009.4.26 使徒の働き7:17〜43「神は背を向け」

2009.4.26 使徒の働き7:17〜43「神は背を向け」

序) ステパノの弁明説教を学んでいます。「神をけがし、モーセと律法に逆らい,聖所に逆らった。」という訴えにたいして、彼は神を汚したりしていないこと、栄光の神、摂理の神を信じている事を表明した。彼の説教を三つに分ける二番目までが終わり、今朝は三番目です。しかもモーセについて長い箇所です。

Ⅰ 神がモーセを民の支配者、解放者としてお立になった。

ステパノはモーセの生涯を三つの時期に分けて論述している。

1 モーセの誕生と最初の40年 エジプトの王の策略 19節ヨセフの事を知らない新しい王が即位した。増え広がるイスラエル民族に新しい王は脅威を感じた。いかにしてその勢力をそぎ落とすかに腐心した。結果、生まれてくる男子を殺すことと、幼子たちが成長しないようにと弾圧することであった。

「このような時に」モーセは生まれた。神の目に適っていた。ヘブル11:23「 信仰によって、モーセは生まれた時から、両親アムラムとヨケベデによって三ヶ月の間隠されていました。彼らはその子の美しいのを見たからです。彼らは王の命令(新生児を遺棄せよ)をも恐れませんでした。」三ヶ月の間父の家で育てられて、もう隠しておけないくらいになった。とうとう命令にしたがって、何とか生かそうと願いナイル川に籠にいれて隠した。それを見つけた王パロの娘に拾い上げられた。王女の子供として幼児期の養育を受けることとなった。成長するに従ってエジプトでの学問を帝王学としてみっちりとしこまれた。

2 次の転機40年 23〜25節

モーセが40才になった頃、同胞のイスラエルに対し顧みる思いが、起こって、同胞の一人が虐待されている現場を見て、その人をかばい、エジプト人を打ち倒した。乱暴にされているイスラエル人のために仕返しをした。ステパノの解釈では「モーセが、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、皆が理解してくれると思っていた。しかし彼らは理解しませんでした。」それは、次に起こった事件であきらかになった。兄弟同士が口論していた時に、モーセが仲裁に入ったところ彼らはモーセを押しのけて、誰があなたを私たちの支配者、裁判官にしたのかといった。モーセの仲介者としての働きは徒労におわった。それどころか、殺人者モーセといって糾弾した。身の危険を感じたモーセはエジプトを逃げだしミデアンの地に身を寄せた。実は、真の仲保者イエス様とモーセの類似性をここに読み取る事をルカはクリスチャンたちに期待している。モーセのやろうとしたことは人間的な肉的な判断であった。後に神様が彼を救済者として遣わされるまで、まだモーセの霊的な訓練が必要であった。

3 終わりの40年 ミデアンの荒地でモーセは40年間解放者になるために人生の再訓練を受けた後に、神様が彼に現れた。30〜35節。

シナイ山で燃える柴の中から、異邦人の地にいた彼を神は召された。その所は聖所であった。神がおられた。神はモーセにここは聖なる地であるといわれた。神はモーセの先祖の神である。彼はふるえおののき、勇気もなくなった。神は彼に安心を与えようとされた。「さあ行きなさい。私はあなたをエジプトに遣わそう。」34節

 

Ⅱ 「この人が」と四つの言明がつづく 35〜38節

1 神は、イスラエル人たちが、誰があなたを私たちの「支配者、裁判官」にしたのかといって、拒否したこのモーセを、「支配者また解放者」として遣わされた。

2 モーセがイスラエルを実際にエジプトから救い出し、紅海で、また 荒野の40年間で、不思議なわざとしるしを行った。

3 モーセのような預言者が到来することをモーセは預言した。イスラエルにはモーセの精神、仕事を受け継ぐ預言者がでた。そしてついに一人の予言者がたてられた。それはイエス・キリストであった(使徒3:21〜24)。

4 モーセはシナイ山で、荒野のイスラエルの集会(ギリシャ語で教会)で神からのいけるみことばを授かり、十戒として民に授けた。神の契約の印として律法は与えられた。神殿や会堂や儀式によってよりもいけるみことばを中心とした集会(教会)こそ一番重視しなければならない。

四つのモーセに関わる言明で、ステパノは同時にその結論において、神がイエスをキリストとして立てられた。モーセとその精神を受け継ぐ預言者たちの頂点として、このイエスをのべ伝えた。

5 イスラエルはこのモーセを拒否した。

ではステパノを訴えている者たち、はじめ彼らの先祖たちは、この神様が立てられた支配者・解放者・預言者に対してどうのようにしたのか。25〜28節彼らは理解しなかった、モーセを退けた。39節モーセが40年後に再び任命されエジプトの同胞の元に帰った時、受け入れざるを得なかった。しかし、「従うことを好まず」出エジプトは、神とモーセに対する不服従・不信仰の歴史となった。その不信仰の頂点は「金の小牛」による偶像崇拝であった。「先だって行く神神を作れ。」雲の柱,火の柱ではものたりない。目に見える形で、神を示してほしいと?昔の民はモーセを退けた。今の民はイエスを十字架につけた。

 

Ⅲ 神は彼らに背を向けられた。

イスラエルが神とモーセに背を向けた罪の結果、神は背を向けられた。

冷淡・無関心となられた。天の星に仕えるままに放置した。42〜43節はアモス書5:25〜27の70人訳から引用。

荒野で、モーセの律法にそって捧げものがなされたが、それは「わたし」にささげたのではなく、偶像にである。アモスの時代も同じで、形式上は神殿礼拝のいっさいが整えられていたが、その心は「公道」「正義」を欠いていた。その結果、人々は荒野で滅んだ。北イスラエル王国のアモス時代の人々はアッシリヤ帝国の補囚を受けた。南イスラエルはバビロン帝国に補囚された。

モーセと主に逆らい続け、自分たちの考えを優先し、いけるみことばを退け偶像を喜んだ結果であった。

では、ステパノの時代はどうでしょうか?ローマ帝国の支配下にいるという事実がある。ゼカリヤ書8:14〜15。

 

結び)モーセと律法は、人々の心から神に従わせ喜びをもって仕えるために与えられた。これは、イエス・キリストにおいて成就した。クリスチャンたちこそ、まことの律法を成就する者、守る者である。神に逆らうものは、神が背を向けられる。神に従う者は祝福して一千代にいたる。

これは歴史的事実である。生きておられる神を侮ってはならない。

エレミヤ哀歌 3:22〜24

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