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2010年1月17日 使徒の働き 15章22~35 「聖霊と私たちは決めた」

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2010年1月17日 使徒の働き 15章22~35

聖書の話  「聖霊と私たちは決めた」

序文)新年度信徒総会の今朝に、ちょうどここを学べる導き感謝しています。エルサレム会議の発端と論議の内容と決定の手順を、先にまなびました。そして、会議の議長ヤコブの提案が受け入れられ、正議員一同が、救いは恵みによること、割礼を受けることや、モーセの律法を守る必要がないことを決定したのでした。今朝はその決議がどのような結果を生んだか、諸教会がそのように受け止めたかを学びましょう。

 

Ⅰ「聖霊と私たちは決定した」

決議の結果は、神の恵みとキリストの恵みが、割礼を受けていない異邦人にも及んだという事実確認がなされ、また、ユダヤ人たちを福音に対してつまずかせないために、その伝統的な生活習慣を尊重しようと決議がなされました。このことは神のみこころが示されたと理解され「聖霊とわたしたちは決めた」と受けとめられました。28節。

教会会議は、キリストを頭とした教会の会議です。「わたしたち」とは、使徒たちと各教会を代表して集まった教師、長老たちでした。彼らは主イエス様からその権能を託されています。教師は直接の召しにより、信徒長老は信徒総会の選挙という召しにより、任職されました。聖霊の宮である長老たち一人一人が、頭である主イエスからその権能を託された一員であることを自覚して、忠実にその責任を聖霊に対して果たし、その時々の課題について導きと恵みを求める会議であります。始まりから、祈りとみことばの導きを求めつつ、議決にいたる聖霊の働きを信じつつ、みこころがなることを仰ぐのです。長老会議を通して聖霊は治める知恵、力、導きの権能を発揮されるのです。そのために聖霊の賜物として治める賜物が豊かに注がれるようにと任職に際して祈るのです。

聖霊は主観的に導かれるだけでなく、なによりも教会の長老たちをとおして会議において客観的に導かれるのです。

ついでながら、監督教会は、聖霊に働きが監督の上にあると考えます。会衆派の教会は会衆に働くと考えます。私たちは、エルサレム会議の上に働かれた聖霊に信頼して、長老たちにより構成される教会会議の上に聖霊が働くと考えます。

 

そのために長老たちを選んだ、私たちも深く責任を負っています。日頃から、自分の人生の主にたいして忠実に従い、礼拝を捧げ、みこころをなさせたまえと祈りつつ歩んで行くことにより、みからだである教会の一員として、長老会議の意志決定と執行を支援し、祈り、自分の分を果たす光栄をになうことができるのです。

Ⅱ 決議の伝達

議長ヤコブの提案が、一同の受け入れるところとなったのは、それが聖書のメッセージと一致しており、神の伝道の心と一致していたからでした。

このことが諸教会に伝達されなければならない。決定したことが聖徒たちに受け入れられることは大切なことです。その関係者一同が受け入れてこそ意味があるのです。 そのために彼らは人と文書を送ることにしました。これは最も賢い伝達方法です。選ばれたのはバルサバと呼ばれるユダとシラスでした。シラスはシルワノと考えられています。彼らは兄弟たちの中で指導者たちでした。ユダもシラスも預言者でした。文書だけでこれだけ大事な決議を伝えるのは不十分と考えたのでした。十分決議の意図を徹底して心から受け入れてもらえるためには、人が説明し、励まさなければならないのです。異邦人教会の今後を決する決定です。この配慮は重要で、実際に様々な決議が受け入れられ実行されてゆくために伝える人が鍵を握っているのです。

この配慮は結果的に功を奏したのです。文書のことばだけでなく、彼らを励ましのことば力づけはアンテオケの教会を喜ばせた。

 

Ⅲ  文書の内容

さて、決議文はどのような内容でしたか。宛先への挨拶があり、会議が開かれた理由が述べられています。

その中で注目すべきは、ユダヤ主義者たちの行動が、エルサレム教会など教会指導者たちの指示なしに勝手に、いろいろなことをいって、あなたがたを動揺させた。あなた方の心を乱した。折角、福音によって築きあげられた教会を動揺させ乱して破壊しようとした、と言われていることです。トラブルを引き起こすものたちは、主の教会の一致と平和を築きあげるためではなく、自分たちの肉の思いを遂げたいと願っていた。彼らは自分たちが満足できるかどうかが大事なのであって、主のお心がなること、みことばの示すところが成就されることが第一なのではない。そのような者たちが勝手にあれこれ言って、みことばを台無しにし、聖霊の実を結ぶように築きあげられつつある教会を乱すことはゆるされないのです。

教会の歴史において、現代でも同じように、いろいろのことを自分たちの勝手な判断で推測して、事実と違うことを言って、信仰者の思いを動揺させ、乱す者たちの罠にはまりこまないように注意してほしい。主イエスの心を正しく汲み取り、実行しようといのちがけになっている働き人、長老、執事たちの日常こそ信頼すべきである。

さて、私たちは、決議内容を伝えることにより、あなたがたを動揺させ、乱したことを修復したい、と書きおくっています。

決議は、あなたがたの上にどのような重荷も負わせない。避けるようにと奨めることは偶像に供えた物と、血と絞め殺した物と、不品行とです。

結び)受け入れ

さて、ユダとシラスとパウロとバルナバは、アンテオケに向かいました。そして決議文を教会の人々を集めて渡しました。アンテオケの会衆は、それを読み喜んで受け入れました。避けるようにと書かれてあったことも受け入れました。その文書によって彼らは励まされました。割礼を受けよとか、モーセの律法を守るようにとかなるのではないかと心配していた彼らは、「何の重荷も負わせない」と読み大安心しました。ユダとシラスの預言者としてのおことばによる励ましも功を奏しました。教会がユダヤ人教会、異邦人教会という用に分裂する危機は避けられました。

こうして、教会は益々、主のことばが教えられ、伝えられました。最初の教会会議を模範として、このような見事な解決を一致してえるように、私たちの教会の小会、中会、大会会議が用いられ、教会員一同の受け入れるところとなり、実行され、さらに、栄光のために築き上げられるように祈り、労苦しましょう。

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