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2010年8月1日 使徒の働き22:1〜29 「あかしするパウロ」

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2010年8月1日 使徒の働き22:1〜29 「あかしするパウロ」

序文)パウロはエルサレムでついに暴徒たちに囲まれ、いのちがあやうくなった。しかしローマの守備隊の手で救出され、群衆に向かって弁明する機会を得た。自分の血をもとめる群衆に向かって話して、少しでも、耳を傾かせることができれば、それはたしかにやりがいのある、あかしである。パウロはその全知能を絞り、ヘブル語で話しかけた。群衆は不思議に静まり返った。いのちがけのあかしをする機会に恵まれたばあい、わたしたちならどのようなあかしをするでしょうか。

よくあかしをする場合、クリスチャンになる前の自分の罪深さについてはなし、次に主イエス様を信じるに至った経過を話し、その結果どのように重大な人生の転換があったかをはなします。主イエス様の救いのめぐみと力強い解放をはなし、御名をさんびし、深く感謝します。パウロはどのように群衆にあかししたのでしょうか。聞きましょう。

Ⅰ クリスチャンになる前の自分

パウロは群衆が耳を傾けるようにと、自分がヘブル人として育ったことから話し始めました。それは特に昔、親しい間がらであったものたちで、最高議会の議員たちにとっては耳あたらしいことではなかったのです。

生まれはキリキヤのタルソで、ユダヤ人です。群衆と同じ民族で、アジアからきたユダヤ人たちと同じギリシャ文化の中に生まれたものです。育ちは、エルサレムで当時最も有名なユダヤ教の学者ガマリエルの門下生でした。ガマリエル門下になれる年齢は13歳からでした。律法の教師ラビになる訓練開始年齢です。先祖の律法について厳格な教育を受けました。だれにも引けを取らないのです。また、神への熱心として、神に敵対する者たち、すなわち、今、自分があるいているこの道を迫害したほどで、男女を牢獄に投じ、死にいたらせました。ステパノ迫害のときパウロは「若い人」といわれていました。このギリシャ語は20歳代の人に使う用語です。

これらについては、大祭司も長老たちも前議会も証言してくれます。今なお、指導者たちが考えていることは、かつて、自分も考え、熱心な行動力をもって実行していたのです。それはダマスコにクリスチャンたちを追いかけて、そこにいる者たちを縛り上げてエルサレムに連れてきて、処罰しようとしていた事からも明らかです。ところが、そのような自分に神ご自身が直接介入されたのです。

Ⅱ クリスチャンになった現在の自分

今、この道にいるのは、どうしてかを話しましょう。それは、自分勝手に向きを変えたのではありません。よもや、自分にこのような事が起ころうとは思わなかったのです。自分が変わったのは神の業なのです。裏切りとか、背教者という言葉で片付けてもらいたくなかった。

6〜16節 自分の改心は復活の主イエスの直接的な介入によるのです。「サウロ、サウロ。なぜ、私を迫害するのか。」 「主よあなたはどなたですか。」「わたしはあなたが迫害しているイエスだ。」

この衝撃がどれほどであったか、ナザレのイエスの一党を片っ端から捕らえ殺し、さらに追いかけてきたサウロにとってばかりでなく、現に今、その立場でパウロを捕らえて殺そうとしている人々にとっても。

サウロは復活の主イエスの光で目が見えなくなっていた。「主よ、私はどうしたらよいのでしょうか。」「起きてダマスコにゆきなさい。あなたがたがするように決められていることは、みな、そこで告げられる」と言われました。

ダマスコは、そこに住むユダヤ人で、律法を重んじる敬虔な人で、そこに住むユダヤ人全体の間で評判のよいアナニアヤという人が、わたしのところにきて兄弟サウロ見えるようになりなさい。といいました。すると、そのときそのひとが見えるようになりました。彼はこういいました。14〜16節。

神はサウロのために三つのことを定められました。まず、御心を知らせる事。サウロは先祖の神のみこころと信じてクリスチャンたちを迫害してきたし、今もしようとしていた。しかし、神は、それはとんでもない見当違いであることをわからせようとされた。次に義なる方イエスを見る事、さらにはその口から御声を聞かせようとお定めになった。途中で現れた方が、その方で、その方について見たこと聞いたことの証人とされることが、神のみこころであった。

自分で良いと思って歩んできたが、どうもそれは自分の義を建てるために熱心な歩みであって、本当に神が自分にさせようとしておられるみこころではなかった。サウロとしては自分の道をがむしゃらに進んできたにすぎなかった。主の道は違っていた。今まで自分の罪を洗い流さなければならない。その御名を呼んでバブテスマを受けなければならない。自分の道の中心に主イエスがおられることを認めて生活の方向を変えなければならない。本当に義なるお方は主イエスだと知った。

さらにパウロの使命については、エルサレムの宮に帰って祈っていたときに、はっきりと示された。それは異邦人への伝道であった。自分は、この道に格会社であったのだから、その変化については一番力を決めてあかしができると考えていたのである。自分があかしするのに一番いいと考えていたが、それとは違っていた。主イエスがあなたを主のごようをさせようと目的をもってお救いになられた。その洞察力は、あなたが考えているよりももっと深く、その計画をも違っている。主はパウロのように,今日、あなたに自分の計画と違った道を示される事はないかと考えてみなければならない。それが異邦人伝道であったとすれば、どうであろうか。主は、あなにも「行きなさい。わたしはあなたを遠く、異邦人に遣わす」と負われていないでしょうか。

 

Ⅲ パウロ、ローマ守備隊による救出劇

パウロの主イエスにかんする、このあかしはユダヤ人にとって受け入れがたい反感を呼んだ。エルサレムの反応の不信仰さとともに、神がパウロを異邦人伝道に遣わされたとの宣言はがまんがならないことだった。「こんな男は地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない。」人々は喚き立てた。着物を放り投げ、塵を空中にまき散らした。

千人隊長はヘブル語で話したパウロの内容をしることはできなかった。ただ分かった事は、今度は以前より収拾がつかないほどに群衆が怒り狂っているということであった。

鞭を打ってパウロを取り調べるように百人隊長に命じた。このときパウロはローマ市民権を生まれながらに持っている事を主張した。裁判にもかけずに、鞭うってもよいのか、と問いかけた。千人隊長はびっくりして、かけつけ、真偽を問いかけ、自分は金を出して市民権を買った事を告白した。生まれながらのローマ市民であることは自体を一変させた。違法行為をしてしまっていた。これはローマ市民の特権の高さを示してあまりあるできごとであった。ローマを見るためにパウロはその特権を活用して、福音のために役立てた。わたしたちも福音のために役立てることのできる特権は多い。日本人ほど自由に世界のどこの国にでも行ける民族は、ない。北朝鮮以外は、どこにでもゆける観光旅行ではなく、伝道やあかしのために行く事ができる。社会の中で自分に与えられている立場や、特権を福音のために利用することは時に必要なことであります。

 

結び)このようなあかしは失敗であったのか。23:11で主は「勇気をだしなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかししなければならない」とおっしゃっていることから見ると、やはり立派なあかしであった。主イエス様が弟子たちを伝道に遣わされるまえになさった勧めを最後によみましょう。マタイ10:16〜20。父の御霊が、わたしたちに必要なあかしのことばを与えてくださることを覚えて励みましょう。いのりましょう。

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