2011年4月17日 招きの言葉ヘブル5:7 聖書マタイ 26:35〜46 「ゲッセマネの苦悩 」
序)主イエス・キリスト様が、十字架の死を目前にされたゲッセマネの園の祈りは苦しみもだえて、苦悩に溢れていました。聖書に記されている祈りの中で一番深く、神秘的な部分です。人間の知恵を持って十分に解明しつくしえない祈りです。最も賢い神様の智恵を含んでいるのです。然しそれでもなお、この祈りを学ぶ者にとり、主の祈りの姿勢は最も重大な真理の一端を明らかにしていただけると信じます。私たちのための主イエスの犠牲の十字架を深く受け止めようとすれば、この祈りから、先ず、その苦しみを汲み取らなければなりません。
Ⅰ 祈りの背景
この祈りは十字架の死を目前にした祈りです。苦難に直面するために主が祈りの場を守られたのです。主の霊が異常な悲しみに満ちていた時に祈られたということを知るときに、まして私たちが悲しみにうち倒されたときに祈らざるをえません。苦難に耐えるためにこれ以上の良い処方を他に見つけることは出来ません。自分が直面している事を最初に訴えるのは人間相手ではなくて、神様に向かって祈りにおいてです。
「この杯をわたしからとりのけてください」という祈りは、主に向けられた誘惑との激しい戦いでもありました。十字架を回避させてくださいという祈りです。誘惑との戦いは、ただ祈りに祈ることで勝つのです。
Ⅱ 祈りの友
死ぬほどの苦しみと、それから逃れたい誘惑との戦いのために主は祈りの友を要請されました。ペテロ、ヤコブ、ヨハネです。この三人は他の福音書にはっきりと書かれているように「主といっしょに目を覚ましている」ようにと「目を覚まして祈っていなさい」と要請されたのです。弟子たちは、ともに、目をさまして祈っているようにと言われて、祈っていました。自身のためだけでなく、主イエスの祈りの戦いにも召されていたのです。信仰の友、祈りの友を人間は必要としています。ことに苦難に直面し、深く悲しんでいるときはそうです。悲しみ悩んで祈る主と、ともに悲しみ、泣き、祈るものとなるように。
教会の祈祷会や二人以上の者がともに祈る場は、この意味で主イエスのとりなしや、苦しみや、悲しみ、伝道の戦いに、そして、その民の中に働いておられる導きにともにあずかる場なのです。それは自分が祈れなくなっていても、兄弟姉妹が一緒に祈ってくれるそのような場なのです。そこに一緒に座っているだけでも、豊かに神はそれぞれのうえに働いてくださるのです。苦しみに会うとき、信仰から離れたり集いを避けがちですが、それは違うのです。むしろ、そこに集まって、祈ってもらうこと、ともに泣き、ともに嘆き苦しみ、重荷を分けあうことにより、回復が進むのです。立ち上がる近道は、このようにして、誘惑についに打ち勝つことなのです。弟子たちは、ルカ22:45、を見ると、悲しみの果てに、眠りこんでしまっていた。彼らは始めから眠るつもりはなかった。しかし悲しみの果てに緊張した神経から疲労がおそってきて、眠ってしまったのです。主イエス様は、ルカの福音書によれば22:43「そのとき、み使いが天から現れてイエスを力づけた。イエスは苦しみもだえ、ますます切に祈られた。」とあります。
Ⅲ.主イエスの祈りの内容
1 39節「、わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしのねがうようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」この時の祈りは、主の受難物語の中で、最も激情の荒れ狂う場として書かれています。それは十字架上での姿よりももっと激しいものです。恐れ、おののき、悩みはじめ、死ぬほどである。地にひれ伏して「汗が血のしずくのように地に落ちた。」(ルカ22:44)主の十字架への苦痛は特別な探さをともなっていた。弟子たちが分かちあえるような生易しいものではなかった。その原因は「この杯をわたしから取りのけてください。」といわれた「この杯」にあった。わたしたちの罪の身代わりのために、主イエスが受けてくださろうとしていた、「杯」とは何か。旧約聖書で「杯」はその人の運命を表し、時に神の怒りと審判を意味して度々用いられています。イザヤ書51:17「憤りの杯」。主イエスは正真正銘の人間でした。死に反発し、死を本能的に嫌悪する人間です。この祈りは、この点で人間性の極致をあらわしているのです。彼は罪を犯したことがなく、生ながら聖霊により罪の汚れから守られていた義人です。罪の罰を受けて死ぬことはありえませんでした。しかし、父から受けた救い主としての職責を果たすために、身代わりの死を遂げなければなりませんでした。すべての罪人に対する神の怒りの杯が一挙にキリストに注がれようとしているのです。イエスがわたしたちのために呪われ、罪を知らなかったかたが罪となられた。彼の聖いご性質が、その上にのせられた罪の重荷を直接感じられた。ここに通常でない、異常なキリストの苦しみがあらわれた。
それは死にたいする恐怖というよりは、それがもたらす神の裁き、地獄の実体を知っているものとしての恐怖、苦しみでありました。イエス・キリストは神のみ子として、罪あるものたちが死んでどうなるかを御存じでした。神の怒りと裁きの実体を知っているがゆえの苦悩でした。わたしたちは、この点鈍感です。それで、永遠よりも目の前の瞬間をみて歩んでしまいます。主は永遠の裁きを知っておられ、それからわたしたちを免れさせる為に、苦しんでくださったのでした。主のこの祈りがイエス様が人間ばなれした存在でなく、地に足のついたもので、わたしたちの弱さ、死への恐怖、おののきを知るかたとして、手の届くところに立っておられることを悟らせます。多くのキリスト者がこの祈りを自分の祈りとして祈るときにどんなに支えられたことでしょうか。愛する夫や、妻や、子供がこの世から取り去られようとするとき、不治の病が自分の体を蝕むとき、その他さまざまな苦杯が信仰厚き者に与えられる時、主イエス様も、このように祈られたことは、わたしたちにどれほどの力と慰めとなることでしょうか。
この祈りの最中に、み使が現われて苦悩し祈るイエスを力づけた。このような出来事は、天の助けなくして負いきれるものではない。天からの助けは、杯を取り去るためにではなく、飲み干すための力を主イエスに与えました。わたしたちが同じいのりを祈るとき、みたまは同じ力を与えて、その苦難に耐えさせ、みこころをなさせたまえと祈る力を与えられるのです
2「みこころのとおりにしてください。」
もしも、この杯を取りさらないことが、天の父のみ心であるなら、それに従います。全き従順をこめて従います。自分の思いを神の思いに一致させます。これこそが、まことの祈りなのです。神の意志、神の目的、神の永遠のご計画に自分を従わせます。ここに、主が十字架にかかられるにあたっての自発性がはっきりと示されています。強制的に、いやいや杯を飲ませられたのでなく、ほんとうに心から従順に飲めるようにと戦った祈りでもあったのでした。
神があなたにかかわる永遠のご計画を、この地上の分としてはたそうとされる時、わたしたちは同じ祈りの戦いをして、心から主に従えるようにと自分をととのえねばなりません。「みこころのなるよう」との祈りは完全な信頼を込めてなされるとき、本来の意味のとおりであります。神の愛と、ご計画と、善意と、力とみちびきとを熱望して祈るのです。この受け入れがたいことを自発的に受け入れることが此のいのりの真意なのです。ですから茫然自失して、みこころをなどと祈るのは、希望を放棄することなのです。激しい攻撃に降伏せざるをえない人が、みこころをなさせてくださいと祈るのは、完全な敗北を認めることばとなるのです。荒れた、苛立ちのことばとなるのです。そのような祈りでなく、全幅の信頼をこめて「みこころのとおりしてください。」と祈るなら、神は、まことにみ心を成就してくださるのです。
結び)わたしたちは、この主イエス・キリスト様の御足跡をたどって、祈りに祈って神様に従う人生を進めなければなりません。またこの主イエス・キリスト様こそ死の恐れも苦しみも知り抜かれ、激しい叫びと涙で、裁きの杯を飲まれた方です。人間イエス様はまことと憐れみに豊かであり、同情できる方であり、神様の前に私たちのために執り成しできる永遠の大祭司です。私たちも祈りのいて主イエス・キリスト様と出会いましょう。
2011年4月18日 早天 マタイの福音書26章47−56節 「イエス様の逮捕」
序)主がオリーブ山のゲッセマネの園で、十字架への心そなえを完了し、その杯を飲み干すために心から神に従う決断をされたとき、主を裏切る者・ユダがやってきました。イエス様は、今はあなたがたの時です、暗やみの力です、と言われました。しかし、その姿勢の中には敗北者でなく、勝利者イエスの姿を見ることができるのです。
Ⅰ ユダの裏切り
暗いやみの中を、イエス逮捕にむかった最高議会の人々、すなわち、祭司長、宮の守衛長、長老たち、群衆たちは、あらかじめ手筈をととのえたとおりの、ユダによる裏切りの手順にしたがってまちがえることなく、主イエスの前に到達しました。「12弟子のひとりのユダ」が先頭にたっていた。此の書き方には深い悲しみと、憤りがこもっているのです。ユダは最後の晩餐の席から途中で退席し、自分の計画を実行に移しました。最高議会の人々は剣や棒をもってきました。ヨハネによると一隊の兵士たちもきたのです。裏切りの合図は「口づけ」でした。「私が口づけをするのが、その人だ。その人を捕まえるのだ。」とユダは示し合わせていました。
現場に着き、ユダはイエスを認めると、挨拶の接吻をしようとしました。「先生。お元気ですか打ち合わせのとおりです。ユダの口づけは、単なる挨拶以上の、幾度も、幾度もしたというほどの表現で書かれています。ギリシャ語では愛する者が愛する者にする接吻、幾たびも、幾たびもする接吻を意味します。この人だ、まちがえるなよ、といった意味の籠ったことでありました。ルカの福音書では、イエス様は「ユダ。口づけで人の子を裏切ろうとするのか」と言われたとあります。イエスは人に出しぬかれるようなかたではありません。一切をご存知で十字架に向われたのです。ユダの意図は暴かれました。
主イエスに敵対する者や、裏切る者たちが、鄭重熱烈な接吻に類する、何らかの「偽装工作」により行動にでるという、恐ろしい警告がここに記されているのです。主はそのようなものに、その犯そうとしている恐ろしい罪をはっきりと指摘して悟らせ、止めさせようとされました。
ユダの懸命な演技も、真実な主の前には、むなしい茶番劇です。主はユダの永遠の運命の為に配慮し、案じておられました。わたしたちがする主イエスヘの愛の信仰告白はいかがでしょうか。
Ⅱ イエスのそばに立っていたひとりが、剣を抜いて大祭司のしもべ
に撃ちかかり、その耳を切り落とした。ルカの福音書では事の成りゆきを見て、弟子達が「主よ、剣で撃ちましょうか。」と言って、その中の一人が、実際に大祭司のしもべに撃ちかかって、右の耳を切落としたと書かれています。血気にはやって、主の返事を聴くいとまもなく切りかかりました。ペテロであったと他の福音書にあります。主はこれをすぐに制されました。「やめなさい。それまで。」剣をおさめよ。それ以上エスカレートすることを禁じられ、同時に、切られたしもべをすぐに治してやりました。公務執行妨害、と傷害致死罪などの理由でペテロが逮捕され、また、主イエスがそれを止めなかったと言い掛かりを付けて、反乱の頭であると犯罪人あつかいされることを、主は拒否されました。自分の罪のために十字架にかけられる危険性が、ペテロの血気にはやった行動はもたらすところでした。イエスは無罪のままに裁判にかけられ、十字架にかからなければなりませんでした。
また、「あなたがあたえてくださったものを一人もわたしは失わなかった」ということばが成就するためでした。
主は始めから無抵抗、無罪のままで逮捕される積りであったのです。それは、人の罪ゆえにであって、私たちの罪の為の十字架であることをはっきりする必要があったのです。
Ⅲ.今はあなたがたの時、暗やみの力です。
55〜56節。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしを捕えに来たのですか。 わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕えなかったのです。しかし、こうなったのは聖書のことばが実現するためです。」イエスのことばは、逮捕の不当性を告発するものでした。犯罪人のように逮捕されようとしていましたが、実際は白昼堂々と逮捕出来ず、毎日宮でいっしょにいる間は手もだせなかった。そしてまるで彼が犯罪人であるかのように夜に、暗やみに乗じて、お金で釣った裏切りものを用いてやってきた。宮で連日論争してきたのに、逮捕できるような過失、罪を発見することができなかった。まさに今夜の逮捕は、暗やみの力である。いかにも、イエスが強盗であるかのように装わないと逮捕できなかった。さらに、それによって、バラバよりも強暴なイエスを演出して、エルサレムの人々や、ローマの官憲にアピールするための悪意がみちていた。
主は「しかし、今はあなたがたの時です。暗やみの力です。」と言われたとルカの福音書に書かれています。この暗黒の権力、サタンの権威にしばらくまかせ、ご自分が逮捕されるのを良しとされた。このような時は、弟子たちの信仰が切り崩され、くらやみの支配に弟子たちがひきずりこまれかねない危険な時です。ペテロは大祭司のしもべに切かかるよりも、自分の信仰に切りかかり、主イエスから自分を引き離そうとする悪の力にたいして戦うべきだったのです。
これらの背後に、救い主の働きの一切について聖書の預言実現がからんでいました。神の救いの計画の成就と、神のご経倫の中での、暗黒の権威のしばしの時をはっきりとしめしておられる。これらの終には、暗黒の力は、徹底的に滅ぼされ、神の栄光のみが輝くにいたる歴史経過をたどるのです。
わたしたちの今、というときは、暗やみの力に支配された時でしょうか、それとも、イエスさまのようにすべてをみこした、神の時にたっているでしょうか。
56節「そのとき、弟子達たちはみなイエスを見捨てて、逃げてしまった。」
弟子達は、これらの出来事に耐えられなくなりました。イエスと同じように自分たちも逮捕されるのを恐れて逃げ去ったのです。あの豪語していたペテロも勇気をくじかれて一目散に逃げた。マルコ福音書には、若ものが逃げたことが記されています。彼はマルコ自身のことではないかと言うのが通説です。他の福音書には記されていないのです。とするとマルコ福音書の著者マルコは、主の逮捕に関する事件を目撃していたことになります。この恥ずかしいエピソードをわざわざ本文に書き込んだのは、主を信じてからも彼の生涯で忸怩たる事柄であったのでしょう。
結び)主のみ、ゲッセマネでの祈りの勝利に立って、終始変わらず毅然として進んでおられます。祈りよって勝利したもののみ、神のわざをおしすすめることができるのです。日々の信仰生活のために、導きと力を求めて、神の時をわきまえる者となりましょう。
エペソ6:10-20 「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、 足には平和の福音の備えをはきなさい。 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。 私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。」
2011年4月19日 マタイ26:69〜75 「ペテロ、主を否む」
序)主イエス・キリストの愛ときびしいまなざしを自覚しつつ、信仰告白をもってみ国への生活を進めて行く、わたしたちの姿勢を真直に建て直していただき、栄光の神の国の一員であることを喜びとし、積極的に歩みを展開してまいりましょう。
Ⅰ ペテロのつまずき
主イエスさまが、ペテロに26:34でつまずくことの警告を与えておられました。そして、この69節からに、その悲しい成就がしるされています。
使徒ペテロが一生涯忘れることの出来なかった大失敗、すなわち、主イエスを知らないと三度も告白してしまったこと、それは、自分がいるべき場を神の前で失うことにつながりますが、その過程を、原因を、先ず、考えてみましょう。
第一に、彼が、58節「遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まではいって行き、成り行きを見ようと役人たちといっしょにすわった。」ことにあります。ヨハネの福音書によれば、イエス逮捕の時に、イエス様は捕えにきた者たちに「弟子たちを去らせてもらいたい」といわれたのです。それは、主が弟子たちの一人も失うことのないための愛の配慮だったのです。弟子たちは、このことばを聞いていたのです。そして、主の心遣いに気づくべきだったのです。捕えられたイエスの後をついてゆくべきではなかったのです。それなのに、ペテロはなりゆきを見ようとして、恐る、おそる、ついていったのでした。その結果サタンの仕掛けたわなに見事かかってしまいました。わたしたちは、みことばにより、そうしてはいけないと言われていることに対して、自分なりの良い理由をつけて反対のことをしてしまうのです。信仰が打ち倒される第一歩は、神の言葉に自分で見付けた良い理由で従わないことにあります。それは主イエス・キリスト様のお言葉よりも自分の判断を上に置くことなのです。
第二は、69節ペテロは大祭司の庭で、一人の女中にまじまじと見詰められたすえに「あなたも、あのガリラヤ人イエスといっしょにいましたね。」と言われた。その途端に、あの「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません。」といった決心がもろくもくずれさりました。恐る恐るついていったところへ、イエスと一緒にいましたね、といわれてドキリとしたのです。「何を言っているのか、わからない。見当もつかない。」
実は、この前後の状況から、ペテロがたとえイエスの弟子であることが分かっても、身に危険がおよぶ状況ではなかったのです。当局者たちは、最初からイエスだけを目標としていたからです。イエスを捕えて引いてきた連中も、大祭司の中庭にいたのですから、ペテロを捕まえようとしたのならとっくに捕まえていたのです。彼は、人々を恐れ、意識しすぎました。その結果、ほんとうに「何を言っているのか、わからない。見当もつかない。」ということがどんな意味なのかを充分考えないで、言ってしまいました。
次ぎに、ペテロが入り口まで逃げ出そうとしたところ、別の女中が、ペテロを見て、そばに立っていた人たちに、また、「この人はナザレ人イエスといっしょでした。」と言った。しかし、ペテロは再び打ち消した。誓って「そんな人は知らないと」と言った。しばらくすると、そばに立っていたその人たちが、またペテロに近寄ってきて言った。「確かに、あなたはあの仲間だ。ことばのなまりではっきりと分かる。」 しかし、彼はのろいをかけて誓い始め、「私は、その人を知りません。」と言った。自分はキリストの仲間ではない。主イエスと教会には関係ない。すぐに鶏が鳴いた。
皆さん、この女中のような女になってはいけません。大使徒ペテロを易々と躓かせたきっかけを彼女は造りました。それもからかい半分、面白がって、意地悪く嘲弄したのです。自分たち面白がってする、軽いと思った事柄がこれほどの重い罪、不幸な結果を引きおこすと考えなかったのでした。大祭司の庭に仕える女中であることが彼女を偉くしたのでしょうか。彼女の罪は、おしゃべりにともなう虚栄の罪でした。このような虚栄心は善良な良心の衝動を押しつぶし、捕らえられた人の友人にたいして当然持つはずの同情心を押し殺してしまったのです。ペテロの顔に浮かんだ恐怖心を喜んで面白がったのもこの虚栄心からだったのです。くれぐれも虚栄心には要注意です。すべて浅薄なおしゃべりやうわさ話は罪です。いつも誰かを困惑させては喜んでいる罪は、人に与える傷については考えようとしないのです。ペテロが弱くて躓いたからといって、だからといって自分たちの行為の責任は免れることが出来ません。
主イエス・キリストを救い主と信じ、ロで告白して歩んでいるのが、わたしたちクリスチャンの特色です。その主を否定すると、必然的に自分自身を失ってゆくことになるのです。キリストのからだなる教会の一人としてつながっているのに、それを否定すると、自分を失うのです。
その結果、自分の話しているガリラヤ弁から、ガリラヤ人だといわれたことにたいして、彼はのろいをかけて誓い始め、「私は、あなたがたの話しているその人を知りません。」と、心を失っていたのです。わたしたちも、また、このようなことを経験します。聖書のいっていること、教会の言っていること、兄弟姉妹の言っていること、牧師の言っていることが、わたしにはわかりません。意味はわかっているけれども、「しりません」ということによって人と人の交わりを拒否するのです。一方通行となってしまいます。はなはだしいと、無言となって、音信不通になります。
神よりも人をおそれると、このようになってゆきます。折角、イエスさまによって回復したまことの人間性を再び失って行くのです。もとの罪の奴隷にもどってしまうのです。この夜は、ペテロにとって最悪の晩となったのです。
Ⅱ ペテロの立ち直り
このようなペテロを立ち返らせたのは、どのような方法によったのでしょうか。それは、にわとりが鳴いたからでした。ペテロが三度、主しらないといったとき、にわとりが鳴きました。そこでペテロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは、わたしを知らないと三度言います。」というイエスのおことばを思い出した。主イエス・キリスト様のお言葉を彼はおもいだしました。
にわとりが夜に鳴くというのに出会ったことがありますか。
ペテロの悔い改めのために、このような、にわとりが用いられたのです。おもしろいことです。みことばに思い当たったとき、彼は泣き出した。自分の弱さ、不甲斐なさを思い、罪深さを悟り、絶望的な物を感じ、同時に主イエス・キリスト様の慈愛の深さを身に感じて悔い改めの涙が、洪水のように溢れでたのでしょう。
さらに彼を立ち直らせたのは、ルカ福音書22:61によると、彼に方に振り向いて、じっとみつめられる主の目がしるされています。イエス様の目と、ペテロの目がであいました。その目は、どのような目でしょうか。ペテロが外に出て、激しく泣いたのはどんな涙でしょうか。それは、自分が、警告のことばどおりにイエスを裏切ってしまったとの自己嫌悪からでる涙でした。「いいえ、あの人をしりません」といっているときには気がつかなかった、自分の裏切りを、いま、はっきりと気がついたのです。みつめられる主の目によって気がついたのです。
私たちは神に背いて不信仰な行動をとっている時、神をごまかし、自分をごまかし、他人をごまかして行動しているのです。しかし、主イエスに見詰められている自分に気がつくとき、われにかえり、自分の罪をはっきりと認め、命にいたる悔い改めへと導かれるのです。
イエスは、ルーズな溺愛型の愛を、わたしたちに注いでおられるのではありません。きびしさも、愛も、赦しも、一切をそなえた、わたしたちの羊飼として、その魂の行く末を案じて、振り返り、見詰められたのです。
主イエスのこのペテロヘのまなざしは、きびしい目と、愛の目の入れ混じった光りではなかたでしょうか。罪を嘆き、主の恵を取りなしてゆくために、主は今も、わたしたちにこのまなざしを注いでおられるのです。
それは、具体的にはみことばと、礼典と祈りによってです。これらは、主がわたしたちを悔い改めと信仰にさらに進ませるために用意された、外からくる愛ときびしさのまなざしなのです。内から来るまなざしは、主の豊かな取り成しによる、聖霊の内なるお働きによっているのです。いずれも、自分の今の信仰の状態にカチリと合ったときこそ、主に立ち返る時です。すなおに従ってまいりましょう。
結び)主イエスを告白することが、クリスチャンの特色です。人々の前で、わたしを言い表すものを、わたしも天の父の前で言い表わそう。ひとびとのまえで私を否む老を、わたしも天の父の前で否む、といわれたのは主イエスです。いいあらわすことは、ペテロのような、こころみに直面することも含んでいるのです。教会にくること、それ自体が、告白の継続でもあるのです。主もみからだの一点であることの証しなのです。
あなたの迎えている魂の危機が、ペテロのように、人を恐れることからきたのか、あるいは人のことばによって試されたためにきたのか、みことばに聞きしたがうことをやめたためにおこったのか、いずれにしても、主イエスのまなざしは、今もあなたの上に注がれていることを覚えて、しっかりと告白してまいりましょう。
2011年4月 20日 27:11〜26総督ピラトの裁判 「バラバか、キリストか」
序)主イエス様の十字架刑を宣言したローマ総督ポンテオ・ピラトは、その間違った裁判のゆえに世界的にしられています。聖書の記述以外に、ユダヤの歴史家ヨセファス、ローマの著述家タキトウスの文書に簡単に名前が出てくるだけです。ピラトの軍司令部があったカイザリヤで、1961年彼の名前が記された石版が発見されました。彼はローマの中産階級の出身で、紀元26年にユダヤの総督に任命されました。軍事、経済面で権力を有し、大祭司の任命権をもっており、神殿の財政を管理しました。著作家たちの言及によれば、ピラトは就任直後から、ユダヤ人たちを怒らせるようなことを平気で次々とおこし、その度に反乱と群衆の一斉蜂起にあっています。福音書は彼がイエス様の裁判に関わって不正な判決を群衆のためにしたことを強調して書いています。彼の最後は、サマリヤ人とゲリジジム山に関する騒動を治め損なってことをきっかけにローマ皇帝の前に報告をしなければならなくなって、ローマに帰国の途中自殺したと言われています。統治の失敗とその責任を皇帝に問われることは死を意味したのを彼は知っていたのです。
Ⅰ イエス様の受けた裁判
イエス様を裁いたユダヤ人の法廷サンヒドリンは、死刑に値する罪として、神を冒涜することだけで十分でした。しかしピラトに死刑の宣告を出してもらうには、反逆罪が一番必要でした。ルカ23:2「そしてイエスについて訴え始めた。彼らは言った。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」 ピラトへの訴えの内容は悪意とすり替えにみちたものでした。「国民を惑わしている」主イエス・キリストがローマの治安を妨害し、国民を煽動しているというのです。第二点は「カイザルに税金を納めることを禁じている」第三点は「自分は王だと言っている」というのでした。王の称号の横領。
これらがすべてすり替えであることは実は訴えた彼らが一番よく知っていました。主イエス・キリスト抹殺のために彼らが造りだしたのでした。
ピラトは彼らの心を良く見抜いていました。訴えが偽りであることは、なによりも治安の専門家としての経験からみても、すぐにわかりました。税金に関しては主イエス・キリストは「カイザルのものはカイザルに。神のものは神に」といわれたことは彼らも知っていたのです。
ピラトは、第三点だけを取り上げました。「あなたはユダヤ人の王ですか。」これも自分の前のみすぼらしい大工あがりの男を見て、「あなたがユダヤ人の王ですか?」とあきれ気味に尋ねたのです。イエスは「そのとおりです。」と答えました。
この問答は、ヨハネの福音書では、主イエス・キリスト様が「私の国は、この世のものではありません。もし、この世のものであったら、私のしもべたちは、私をユダヤ人の手に渡さないように戦ったことでしょう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではありません。」と答えられたことがわかります。マタイは単純に書いています。
ピラトの関心事は、自分の治めている政治的な領域を、ユダヤ人の王として反逆しようとしているかどうかでした。主イエス・キリストの答えを聞くと訴えられている程には危険性がないということは明らかでした。主イエス・キリストの王位と、カイザルの王位は次元が違うのです。キリストの王国は霊的なものです。心に主イエス・キリストを主として仰ぐ者達が王国の一員です。カイザルが地上の帝国を治める権限を一向に妨げるものではありません。その上、地上の王権は、天の神様が立てられて許しておられるのです。聖書はこのような意味で主イエス・キリストが王になろうとしているのではないことは明白です。
マタイ福音書はこれらのやりとりを省いて、「そのとおりです。」とだけ書いています。ピラトにとって、ユダヤの当局者によって、簡単に逮捕されるような王様は、ものの数ではありませんでした。第一ユダヤ人たちが王様と認めていないのですから。何の危険性もありません。「この人に何の罪も見つからない。」「無害である。取り締まるような人物ではない。」と答えました。政治の専門家の目で無罪なのです。
イエス・キリストは、そのような者たちに対して、沈黙を守られた。聖なるものを犬に投げ与えてはいけない。そのような余計な時間はない。神の国を心から振り向いて求め、捜し、尋ねる者には時を惜しまず語り伝え、その力を証明される。
Ⅱピラトと民衆の対決。
15〜26節。ピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた。ピラトはイエスを有罪にしたくなかった。罪がないのだからあたりまえであった。ローマの栄光である公正と正義にもとることになる。彼はイエス無罪を主張しました。そして釈放の提案もいたしました。それはローマの法律に照らして、紛れもない極悪人バラバと比較させて釈放しようとしたのでした。然しそれは裏目にでたのです。指導者達がバラバを許すようにと民衆を扇動したからでした。それでも、妥協案として、イエスを有罪扱いして、鞭で打った上で、釈放しようとまでいいました。
しかし、彼はついに民衆の声に負けました。ユダヤ人の恐喝に屈しました。ここにユダヤ人たちの罪が浮彫にされています。彼らは人殺しバラバを釈放しろ、イエスを十字架にと要求しました。無罪のイエスを殺しました。平和の君よりも殺人犯を選んだのです。愛の代わりに、憎しみと暴力を選んだのです。
今日も、同じように、十字架のイエスに向って叫ぶ人々が大勢います。その選択は間違っているばかりでなく、自分たちが選んだように、憎しみと暴力と罪の騒ぎがその人たちを取り囲んでいるのです。
イスラエルには十字架刑はなかったのです。せいぜい石打ち刑でし
た。いのちの君を十字架にと叫んだ罪は大きいのです。
ピラトが民衆の声に負けた理由は、彼が民の暴動を恐れたからでした。しかも、この暴動のけはいは、ピラトをカイザルヘの反逆罪で訴えかねない勢いをもっていたのです。ヨハネ19:12「ユダヤ人たちが叫んで言った。もしこの人を許したら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべてカイザルにそむく者です。」ピラトは自分の首が危ないと感じたのでした。
政治的な支配者たちは、この人に罪なし、と決定しながら、ユダの民衆の声に負けて、無罪のイエスを十字架に付けることにしたのです。
その原因は「ねたみ」であったとピラトは見抜いていました。
以来 主イエス・キリスト様の福音が伝えられて、神様の恵みの力が勝利して行くところでは、必ずと言っていいほど、背後にどす黒い「ねたみ」が渦巻いて、福音を伝える者たちを襲いつづけました。「使徒の働き」は幾度も敵対する者たちに沸き起っている「ねたみ」について書き記しています。使徒の働き5:17.17:5 テサロニケ、ペレヤ、アテネ、コリント、アペソことごとく「ねたみ」の嵐は吹き荒れていました。そしてますます主の福音は勝利を収め続け多くの人々を救いに入れ続けています。現代までもそれは継続しており、救い出された者たちの変化に対するねたみは大きく、ますます敵愾心と迫害の息を彼らは弾ませ続けているのです。
然し神様の国は永遠に固く立ち、世界に広がり続けています。
結び)一見して不法の民の声が勝利したとみえる、この事件について、聖書はその背後で、天の神の声が勝利を収めたことを証言しています。
イザヤ53:の預言の文字通りの成就がイエス・キリストの身におこりまし
た。十字架につけよと叫んだ人々、そして、この私達の罪にために、身代わりとなった。
使徒の働き3:14、15「神はこのイエスを死者の中からよみがえらせま
した。」人がこのようにイエスを取り扱ったことに、救われるべき私達の罪の姿があります。そして、神の救いの通が示されているのです。
私たちが受けた福音は、その恵みに力を発揮して、敵対する者たちにねたみを引き起こすほどに強力で、確実で、地上信じていた死人をよみがえらせるのです。私たちは栄光から栄光に変えられつづけるのです。
2011年4月21日 十字架刑 マタイ27:27〜32
「イエスを十字架につけ 」
序)罪のない主イエスさまを十字架につけることを総督ピラトが許しました。ローマ政府の罪の宣告は一定の形式を持っていました。裁判官が「判決は次のようである。この男を十字架にかけよ。」そして彼は番兵に向かって「兵士よ行け。十字架の用意をせよ」この時十字架が用意されて、イエスは兵士に渡されました。
Ⅰ 十字架の回りの嘲笑
ローマの兵士にとってはイエス様は今までもそうであったように十字架にかけられるただ一人の男に過ぎませんでした。彼らの中で、この方の十字架の背後に世界の救いの新時代が始まるのだと言うことを知っていた者は誰もいませんでした。彼らの中にはユダヤ人のような悪意と憎しみは無かったのです。彼らがイエス様に紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、ユダヤ人の王様万歳と叫び、葦の棒で頭をたたいたりしたことは粗暴な冗談だったのです。しかしこの嘲笑は十字架の回りにやがて起ころうとする多くの嘲笑の始まりで、それは今日まで世界中に続いているのです。罪状書きの「ユダヤ人の王」、主の十字架の左右に左大臣右大臣として間違いなき強盗をつけたこと、道行く人々は頭を振りながらイエスをののしったこと。十字架から降りて自分自身を救えと入ったこと。「他人は救ったが、自分は救えなかった」多くのクリスチャンはイエスさまについて、また信じている自分たちについて、嘲笑が浴びせられることを経験しています。
主イエス・キリスト様がご自分を救えなかったと彼らは嘲笑します。しかし救えなかったのではなくて、救わなかったのだということを生前のイエス様は証明しています。マタイの福音書20:18〜19、28 「 一同で読む 」イザヤ書53:4〜5「 一同で読む 」
Ⅱ 32節 シモン、十字架を負わせられる
ローマの兵士たちは主を処刑場に引いてゆきました。ゴルゴタ、そこはエルサレムの城外にありました。裁判の場所から処刑場まで十字架をはじめは本人に負わせ、その前を罪状書に「ユダヤ人の王」とかかれたプラカードがすすみました。見せしめのためにです。
イエスさまは最初は自分で十字架を負わされて処刑場への道を進まれました。しかし、途中でついに力尽きて倒れました。付き添いの百人隊長は、見物人の中からクレネのシモンにその十字架を負うことを命じました。当時のパレスチナはローマの占領下にあり、いかなる市民もローマ政府と軍隊の奉仕に徴用されたら即刻、その任につかなければなりませんでした。拒否することはできませんでした。その合図は、隊長の剣の刃のみねで肩をポンと打つだけでよかったのです。
クレネは、今のトリポリでアフリカの北岸にありました。そこにはユダヤ人の植民地がありました。シモンはエルサレムで過越の祭りを祝おうと、夢にみて長年、旅費をため、ついに念願かなってやってきたのでした。美しく、嬉しい旅でエルサレムについてからも神殿に詣でたりしてウキウキしていたのです。さまざまな予定を組んでいたことでしょう。そこへ降って湧いたような災難でした。罪人の代わりに十字架を負わされ、罪人とともに町の隅々まで共に歩き、処刑場までさらしものとなって行くのです。喜びの天から悲惨の地に落されたようなショックでした。イエス・ユダヤ人の王の十字架を負うことがシモンの十字架となりました。背負った十字架の重さよりも、屈辱の十字架のほうが重かったに違いありません。これだけ大勢入るなかでよりによって何で、自分が負わなければならないのか?です。主イエスのゆえに、人は突然のように負うべき十字架があるのです。他の人でなく、あなたに負ってもらいたいと神が計られた十字架があるのです。誰でもよいのではなく、あなたでなければならない主からの十字架があるのです。天の父の深い御計らいがあるのです。
しかし、その結末はどうだったでしょうか。マルコは、彼のことをアレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人と説明しています。百人隊長が「お前えはどこの生れで、名前は何というのか」と聞いたわけではありません。十字架を負わされた時は何処の誰とも分からなかったのです。勿論周りの群衆たちも、知りませんでした。しかし、今は全世界で福音が伝えられる所では、クレネのシモンのことを知って、羨ましく思う聖徒たちが大勢いるのです。主の十字架をじきじきに負って、苦しみの一端を担うことができた特権と光栄を思います。
クレネのシモンだけでなく、アレキサンデルとルポスという二人の息子も、マルコの福音書が書かれた頃には、教会の最初時代ローマで、クリスチャンたちに良く知られた存在だったのです。パウロは後になってローマ人への手紙を書いたときに挨拶の中で(ローマ16:13)「主のあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。〉」といいました。ルポスという卓越したクリスチャンがローマの教会にいた。神の選ばれた人と呼ばれ、その母は彼とパウロの信仰の母といえる交わりがあった方であった。その母を敬う心がパウロにあった。マルコは福音書を記すときに、ローマ教会にいるルポスの父親が、このむりやりに十字架を負わせられたクレネのシモンであると、神の導きの不思議を描いたのでした。
いばらの冠を頭に巻き付けられて、血をしたたらせながら十字架を負ってあるいていたユダヤ人の王イエスを、こんな死刑囚のために自分の楽しみが台なしにされたと、シモンはうらみに思っていたことでしょう。しかし、彼は道を進むに従って心に驚きを禁じえなかったのではないか。死刑にあうような方ではない、その自分を見るまなざし、回りの人々に向けられるまなざし、十字架につけられる様子、その上でのお言葉を耳にして、彼は信仰に導かれたのでないでしょうか。「父よ彼らをお赦しください。」「完成した。」「私の霊を御手に委ねます。」このように死んでいった死刑囚を今まで見たことがなかった。天地が暗くなった様子も、ただごとではない。
主が死に、葬られたところまで、彼は確かめなければ気持ちがすまなくなったのではないだろうか。どちらにしても、祭りが終るまではエルサレムに留まって、十字架を負って歩んだすべてを思い起していたのではないでしょうか。物見遊山の旅ではもはやなく、彼の心に真剣な信仰への問いかけが生じたと考えてよいのではないでしょうか。
主イエスさまはあるときおっしゃいました。「自分の十字架を負って、わたしについて来ない者は、わたしの弟子となることはできません。」わたしたちは今主の後にしたがって、福音宣教という主が天に帰られたときに残して行かれた使命を果たす十字架を負わされています。その使命をさまざまな所で担い、果たすときの苦難を与えられているのです。シモンは、みごとにこの十字架を負いきり、その時に恥辱が光栄であったことを発見しました。それが彼を変え、家族を変え、神の国の光栄ある弟子たちにと変えたことを知っています。そして聖書にその名が永遠に留める栄誉にも浴しました。
あなたの現在負っている主からの十字架は、どのようなことでしょうか。主がわたしたちに自分に代わって負ってほしいとおっしゃっていることは、どのようなことでしょうか。みからだである教会のために負っている十字架があり、あたらしく負わなければならない十字架とは何でしょうか。主よ私にではなく、あのひとにと避けることもできるでしょう。しかし、その場合、それにともなう祝福と光栄も、他に人にゆずられるのでしょう。主が貴方でなければと選ばれた十字架は、誰か他の人では駄目なのではないでしょうか。
どのような課題であっても、恨みと辛みで負うよりは、喜んで負うことにより、あなたはわたしのために水一杯をさしだしてくれたと言ってくださる主に応えたいと思います。
結び) この世に人々から見ると、主イエス・キリストのあとにしたがって、宣教のためにあえて安定をはなれて、生涯に十字架を負って歩むシモンやクリスチャンは、何と可哀想な存在、不運な者たちでしょうか。主イエスのいのちによって永遠の恵みをいただいたものたちは、単なる傍観者、やじ馬でありつづけことはできません。あなたが今日、主がかわって負わせられる十字架を避けないようにと祈り、進んで信仰の素晴らしさを感じて負ってくださるようにと願います。
2011年4月22日 早天 十字架上の二人の強盗 27:38〜44 「今日パラダイスにいます」
序文)十字架の記事はどこを読んでも暗いのです。今日の記事の出来事は、45節によると12時なのに、全地が暗かったと異常な自然現象を書き留めています。それは3時まで続いた。ですから十字架上で三人は真っ暗闇の中で語り合っていたのです。
どのような人間にも、人生において、自然現象としてではなく、霊的な暗闇の部分があります。一生懸命積み上げて来ても、この暗闇に会うといっさいがゼロからマイナスになるように思うことがありましょう。自分で努力して手に入れた地位も、名誉も、財産も何の力もないと感じるような暗さです。死を目前にして、暗闇の中で人は何を考え、何を語るのでしょうか?人はどのようにふるまうのでしょうか?
1 キリスト様に悪口を言っている二人の強盗
ルカの福音書によると彼らがイエスに向かっていっていたことばは、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」でした。彼らにとって死につつあること、その暗闇は何も生み出しませんでした。神さまを知らず、愛を知らず、多くの者を簡単に苦しめ、殺し、積み上げてきた生涯の果てが十字架刑だったのです。無情、冷酷、無反省の人生の結果が十字架刑だったのです。まもなく息を引き取ろうとしています。そんなせっぱ詰まったときの声が、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」という台詞です。お芝居とは違うのです。
多くの人々がこの犯罪人と同様に、十字架上のキリストを見あげて「自分と私たちを救え」とあざけるのです。そのあざけりの言葉は「私たちを」に強調があります。この男の関心は自分をこの期に及んでも救うことにありました。彼はキリストに向かって「あなたは犯罪人ではない。」といい、兵隊に「ここから彼をおろしなさい」というのでなく、「あちらにいる犯罪人を救いなさい」というのでもなく、現実的、実際的に考えて、逃げ道はないかと思って、「私たちを救え」といったのです。「キリストではないか」といっています。「キリスト」の意味を正確に理解しているのですが、信じてはいません。キリストがなさったという奇跡の数々を聞いていたかもしれないのです。ひょっとしてと思う心と、キリスト当人が十字架にかかっているようじゃあ、なあ・・
私たちは同じ立場だったらどうするでしょうか?自分の罪を認めることを拒否して何とか助かる道はないかと考えているのです。自分の工夫で自分を救おうとしました。イエス様に十字架から降りて、次に自分もおろしてくれというのです。悪口をいいながらそれでも彼なりに筋の通った計算があるのです。この悔い改めない犯罪人の悲劇は、自分のすぐそばに本当に救うことのできる方がおられたにもかかわらず、霊的には真っ暗闇で、遠く離れた所にいたことです。神の御子が十字架にかかっている現場にいたことが、彼を遠く離したのではないことが、同じ状態にいたもう一人を見るとわかります。神さまは私たちのすぐそばにおられるのに、私たちは遠く離れて立っているのです。その原因は私たちの側にあるのです。
主イエス様は約束しておられます。「二、三人、私の名によって集まるところに私はいます。」今朝の礼拝の真ん中に主はおられるのです。体は礼拝の場所にいながら、霊的にはイエス様と遠く離れているのは悲しいことです。かの強盗は十字架上でしたがイエス様のすぐ隣にいたのです。しかし自分の罪を直視することなく、悔いることもなく、神に近づくこともなく、イエス様の許し、愛を拒否しているのです。
2 ルカの福音書によると、23:40 もう一人の強盗は心変わりした
「おまえは神を恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。我々は自分のしたことの報いを受けているだから当たり前だ。だが。この方は、悪いことは何もしなかったのだ。」かれは悔い改めた者としていつわりない言葉で語っています。事実をありのままで受け止めています。何事も飾らず、弁解もしません。ぎりぎりのところで自分の生まれ育だった環境に理由を見つけたりしません。自分のよわさ、貧しさ、悪い仲間たち、他の何者にも咎めをかぶせようとしません。そうではなくて、自分自身が、この刑罰に価するのだと認めました。私は神さまと人にたいして罪を犯したのだと。「自分の背きの罪をかくす者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者は憐れみを受ける」箴言28:13.人生ぎりぎりのところに立たされている人間への、神さまの治療方法は「告白」にあるのです。自分の罪をかくす者はみじめであり、敗北しており、壊滅しています。しかし、主イエス様に告白する者は、憐れみをうけ、深い赦しを経験し、解放されます。
自分の真相に気づいた者は悔い改めます。次に祈るのです。
「イエス様、あなたの御國の位におつきになるとき、私を思い出してください。」彼は祈りました。簡単な祈りです。しかし大胆です。イエス様、御國においても、私・盗賊で紛れもない自分のやったことを受け入れて刑についている者を思い出してください。素直になって、イエス様は王位に着かれる方である。十字架上で死ぬような方ではない。自分を十字架に付けた者たちのために「赦しを祈るようなお方がいただろうか」本当にこの方は救い主なのだ。だから、自分を思い出すぐらいはしてくださるだろう。王座に着かれてやがては再びお出でになるときがあるだろう。歴史的に十字架の出来事の真っ最中に、イエス様を救い主として信じたのは、この男だけだったのです。私たちが信じた時の状況とは全く違う信じがたい中で信じたのです。私たちは、十字架の後で何が起ったかを知っています。葬りと復活の事実を知っています。多くに人々が信じて救われ、教会が生まれ、2000年以上もつづいていることを知っています。神さまの智恵と力とよみがえりのいのちの事実を知っています。そして信じたのです。しかし彼はちがいます。私たちはこれだけ真実な情報を得ていながら信じるために躊躇しています。くもの巣のような自己弁護と自己欺瞞に囲まれて、罪の絆を断ち切ることができないでいるのです。自分の宗教的無関心や、罪の仲間との絆を切れないでいるのです。心からの悔い改めをしたくないのです。
3 43節 彼への、主イエス様の言葉は「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」彼の祈りは「御國の位にお着きになるとき」でした。イエス様のお答えは「今日」です。皆様にとって、「今日」はあるでしょうか。ずーっと未来ですか。あるいわ明日ですか?
「パラダイス」そこはイエス様がいるところです。御國のことです。神のみ住まいのことです。死後直ちにイエス様がおられるところに、彼も一緒にいるというのです。イエス様がおられるところに共にいることほど確かで安心で平和ことはありません。主イエス様を信じる者たちが、死後直ちにいるところそこはイエスがおられるところで、パラダイスです。
結び)「勝利を得る者に、神のパラダイスにあるいのちの木の実を食べさせよう。」黙示録2:7。いのちの木について黙示録22:1〜5。
2011年4月23日早天 マタイ27:57〜61 「 墓に葬られ 」
序)主イエスさまが十字架上で息を引きとられたのは、午後3時でした。次の日は安息日で、午後6時から始まりました。葬りのために3時間しか時がありませんでした。普通でも葬りは時間的余裕があまりありません。どのように葬られたか?さらには、私たちの場合はどうなるかを今朝はまなびましょう。
1 主イエスの葬り
イエスが召された時、弟子たちとガリラヤから付いてきた婦人弟子たちは、全くどうしてよいのか分からない状態でした。だいたい自分たちの愛する者が亡くなると、そのショックで普通はどうして良いのかわからないものです。イエスさまのように犯罪人として十字架上に死んだような場合、助けもなく、準備もなく、親しい者たちは誰もどのようにしたらよいか、考えつかなかったのです。そのままに放置するなら、主イエスさまの体は、強盗たちと同様に辱めを受けて、満足に墓に葬られることもなかったでしょう。
そのような時に、神は、使命を果たし終えた、愛する御子の体を注意深く取り扱われました。イザヤ53:9「彼は富む者とともに葬られた」という預言が成就する方法で驚くべく働かれました。一人の人をこの時のために用意しておられたのです。アリマタヤのヨセフが、神のご用意された人でした。彼はイエスの死までは全く表面には出てこなかった人でした。その彼が突然にあらわれて、しかも、このむつかしい役割を見事に立派に敬意を込めてなしとげたのです。彼はサンヒドリン(ユダヤの国会議員)の一員でした。正しく、立派で、神の国を待ち望んでいた信仰ある人でした。そして、富める者で、自分のために新しいお墓をすでに用意していたのでした。
ルカ福音書によると、この人はユダヤ議会の中で、イエス・キリストに対してなされた計画や行動に同意しなかった人でした。イエスを地上から抹殺するという決定にさいして賛成の票を投じなかったのです、しかし、他の福音書でもそうですがヨセフが積極的に反対したとも書いていません。おそらくヨセフは自分が賛成できない彼らの行動を見て、それを阻止できないことを知り、身を引いて沈黙を守ったと考えられます。ヨハネ19:38には「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフがイエスのからだを取かたづけたいとピラトに願った」とあります。マルコが「思い切って」と表現したのはそれなりの理由があったのでした。他の弟子たちがそうであったようにヨセフもまた恐怖心にとらえられていたのです。わたしたちも、その場にいたらきっと同様に、恐れてかくれたことでしょう。
その彼が、誰もイエスの葬りために働きそうもないときに「思い切って」働いたのです。何が、彼の心を変えたのでしょうか。勇気を出させ、ピラトの所に行き、身分を明らかにして、議員であるゆえに、ピラトもまたその願いを聞いてくれたのでしょうが、なぜ、そのようにできたのでしょうか。
それは、イエスの裂かれた体と、ほとばしった血をみ、十字架上での祈りことばを遠く離れて聞いたからでしょうか。天地が暗くなった事実に心をゆすぶられたからでしょうか。推測するしかありませんが、イエスの死が彼の心をまことの愛で捕え、大胆なものに変えたのです。多くの人々がイエスの生前の力ある業、奇跡、教えを見聞きして信仰に導かれました。しかし、ヨセフはイエスの死ぬ時の様子をみて信仰に目覚め、神の立ち返ったのはたしかです。イエスを犯罪人としてではなく、栄誉ある者として葬るために直ちに努力し、自分のもっているものを全部用いて、そのように葬りをなしとげました。決断して実行し、終るまでに3時間しかなかったのです。
神の民は、主イエスの死のような、愛する者の死に直面して、初めて信仰に目覚めることがあります。それまでの一応はクリスチャンといった風情から、積極的な信仰者に変身し、主の愛に応えはじめる者がいます。教会が火事で焼けたとか、牧師が急死したとか、親しいものが突然召されたとか、特別な出来事に触れて初めて目覚めるのです。
神はイエスのいのちにおいてばかりでなく、死においても、このように人々を導き、変えられるのです。単に、イエスさまばかりでなく、その弟子である、わたしたちも、その生きるにしても、死ぬにしても神に用いられることはこのことによっても分かります。
死と葬りは、イエスの完全な沈黙を示していますが、その沈黙において、人のために働かれる神様をわたしたちも共に仰ぎましょう。多くのクリスチャンが生前よりも自分の死と葬りにおいて、家族を救いに導き、信仰の覚醒を起させ、多くの未信者に伝道しているという事実は、なぐさめ深いことです。そのように働かれる天の父の心を信じて自分達の死と葬りを思い、準備をしましょう。
2 鄭重な葬り
57節、アリマタヤのヨセフは、イエス・キリストの体を鄭重に葬りました。イエスを葬るために手伝った人々がいました。ヨハネ福音書19:39にニコデモが没薬とアロエを混ぜあわせたものをおよそ30キログラムをもってきて手伝ったとあります。さらに、あの百卒長も、イエスの体を十字架から降ろすのを手伝ったと考えられます。また、ガリラヤから付いてきた婦人の弟子達も、亜麻布で体を包むのを手伝ったのではないでしょうか。いっでも、葬りは多くの人々の手伝いが必要です。なにしろ、本人は何もできないのですから。家族だけでは出来ることに心理的な制限が働きます。或る時点で、次へと事を進めないといけません。いろいろな手伝いが必要なのです。その意味では、この教会で、召される者が出た場合、葬りのために様々の手伝いを必要としています。
彼らは協力して、真新しい墓まで、イエスの体を運び、そこに葬りました。それは、地上で受けた一切の恥辱をぬぐってあまりある栄誉ある葬りでした。盛大ではありませんでしたが、少数者による、真心のこもった真実な葬りでした。
ヨセフもニコデモも女たちもイエスさまの生前に出来なかったことを取り戻そうとしているかのように見えるほどに労したことでしょう。ヨセフが主イエスヘの愛を明らかにして示した時、イエスは死んでおられました。しかし、ヨセフのわざは聖書に書き記され、神の心に留められました。今日もあかしされています。死において仕える道もあるのです。
おしむらくは、ヨセフがイエスさまの生前にその信仰と愛をはっきりと示して、たとえ受け入れられなかっても、同じ議員仲間のニコデモとともにサンヒドリンで強力に積極的にイエスを弁護しておれば、たとえ聞かれなかったとしても、どんなにか主にとって励ましとなったことでしょうか。ヨセフの信仰をどんなに高めたことでしょうか。これは欲目かもしれませんが。
自分の愛する人のために、生きているときに贈るべき花を、亡き人の墓の上に置くことのないように心しましょう。たとえ、そのことが神に覚えられることはあっても、いかにも惜しいことではありませんか。その人が生きているときに語るべきことを語らなかったために、後になって心悔むことのないようにしましょう。生きている人への感謝の一言は、死者に対する埋めつくすほどの花にも勝っています。生きている人への謝罪の一言は、かぎりない悔いの涙よりも遙かによいのです。さらに、生きておられる神への賛美と奉仕と感謝は、あなたが死において表わすよりも、生きている時にこそ、表わすのが良いのです。つね日頃から信仰は目覚めていなければなりません。
主は確かに召されました。葬りが、その死の確実であったことを立証しています。主イエスも墓に葬られたということは、わたしたちの死と葬りにおいても慰めであります。主は死の床に3日間おかれました。ご自分のからだをもって何をすることの出来ない全く無力な状態におかれました。すべての人間が死においてそうなります。その中に、神は全能の力を働かせられます。葬られたイエスは、墓から、勝利のよみがえりを復活の体をもってなさったのです。わたしたちが、葬られる日、キリスト・イエスにある一人一人の体は、主にむすびついたままで、主の再臨の日のよみがえりを待つのです。それは、イエスをよみがえらせてくださった父なる神が、その信仰による子供たちをも同じようにしてくださるからなのです。ここに深い慰めがあります。
結び)イエス様のための敬意を込めた葬りに慰めを覚えます。あなた自身の死と葬りのために、主イエス様にある備えができていますか。信じる者は永遠のいのちをもつと主イエス様はおっしゃいました。よみがえりの日に共にいるといわれました。ご家族へのあかしはどうでしょうか。終わりを見つめて今日を生きる必要があるのです。