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2014年4月13日 礼拝 日本語、英語訳 韓国語訳

 

4.13礼拝音声

2014.4.13 「この人に罪なし」 ルカ 23: 1-24

序文)先週はユダヤ当局者たちによる、イエス・キリストの宗教裁判を学びました。今朝の箇所からは、政治的指導者による裁判が記載されています。イエス・キリストの時代イスラエルを政治的に支配していたのはローマ帝国でした。総督をおいて治安維持に当たっていました。ユダヤの宗教支配者たちは、イエスが「自分自身を神の子」であるとしたという理由で死刑に処す事を決めましたが、これは政治的支配者の判決を得なければ実施できないことだったのです。刑罰の執行もできませんでした。それで、ローマ総督に訴え出たのでした。

Ⅰ 23:1-6 ピラトへの告訴

1 ユダヤ当局者たちは全員で、イエスをピラトのところにつれて行きました。そしてうったえました。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることが分かりました。」彼らはイエスを「神を汚した罪」で、ローマ法に訴えるのは不適当であると感じていました。ローマの総督は宗教上のことでは手を下すことがなかったからです。そこで、このような政治的な非難を根拠に虚偽の告訴をしたのでした。

ここにユダヤ当局者たちの悪意ある問題のすり替えがはっきりと記されています。

告訴の第一点は「国民を惑わしている」イエスがローマの治安を妨害し、扇動しているというのです。第二点はカイザルに税金を納めることを禁じた。第三点は自分は王・キリストだと言っている。王の称号を横領している。

これらの項目はすべて嘘か、論点のすり替えであることは、実は訴えている彼らが一番よく知っていました。イエスを抹殺しようという野望のために、彼らが造り出した理由だったからです。ピラトは、彼らの心をそく見抜いていました。訴えがいつわりであるとは、何よりも治安の専門家としての経験からも分かっていました。また、イエスは税金に関しては「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」と教えておられたのを彼らも知っていました。

2 ピラトは告訴の第三点だけを取り上げてイエスに問いました。「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」これも目前のみすぼらしい大工あがりの男をみて、あきれぎみに問いかけたのでした。この問答の中でイエスはピラトに「わたしの国はこの世のものではありません。もしこの世のものであったなら、わたしのしもべたちが、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったことでしょう。しかし、事実わたしの国はこの世のものではありません」(ヨハネ18:36)。と答えています。

ピラトの関心事は、イエスが自分の治めているこの国の王としてローマに反逆するかいなかでした。イエスの答えを聞くと、彼が訴えられているほどの危険人物ではないと判断できました。イエスの王位とカイザルの王位は次元が違うことがわかりました。キリストの国は全く霊的なものである。心にイエスを主と信じる者たちは、神の国の一員となり、イエス・キリストの支配の下にあるという霊的なものであります。それは地上を治めるというカイザルの権限を一向に妨げるものではないのです。地上の為政者たちが立ちもし倒れもするのは見える地上の王権に関してである。新約聖書を読むとイエス・キリストが、カイザルに敵対する意味でのユダヤ人の王になろうとなどは、決して考えもしなかったということを良く知らされます。

ピラトはイエス・キリストを自称「ユダヤ人の王」と承知した上で、なお、彼が無罪であるということを確信しました。4節「この人には何の罪も見つからない。」と宣言しました。イエスには政治家の目で何の罪もみつからない。このことはルカの福音書が書かれた当時のローマ帝国各地でキリスト教が国民を惑わす罪、イエスを王とする皇帝反逆罪で訴えられていたことにたいして、ローマ帝国の総督自ら、無罪と認めたことを証明しています。

このようにして、イエスをなんとか、殺そうと決めていた彼らは、ピラトに退けられそうになりました。彼らは「この人はガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えならながら、この民を扇動しているのです。」(5節)とあくまで強弁したのです。彼らは何とかして自分たちの判決を通そうとして、がんばりました。ここで、ピラトは責任転嫁をはかりました。一つの困難を避けるために、かえってもっと大きい困難を造り出してしまいました。

ガリラヤ人と聞いたときピラトは、ガリラヤの領主ヘロデにイエス・キリストを送ることを思いつきました。ピラトの優柔不断がついには不法を行うことにつながりました。十字架につけるようにとの大声に屈して、イエスを引き渡したのでした(22-23節)。

 

Ⅱ 23:8-  ヘロデによる裁判

イエスはヘロデの所に送られました。ヘロデはイエスを見ると非常に喜びました。しかしその喜びはつかのまのものでした。イエスはヘロデに対して全く話す必要を感じませんでした。なぜでしょうか?

1 ヘロデがイエスを見世物のように考えていたからです。主の行う奇跡をみたいと考えていました。イエスご自身ではなく、その不思議を見物しようというのです。神の遣わされた救い主として本来、仕えられるべき主、従いゆくべき師なのです。ヘロデにとってイエスは人生の脇役でしかなかったのです。

2 11節 ヘロデにとってイエスは一つの冗談、笑いの種、はでな広い王様の服を着せて、王様のまねをさせて嘲笑の対象でした。まじめにイエスご自身とその教えを受け止めるのを拒否していた。イエスを侮辱したことは、イエス・キリストを無視したことと同義でした。今でも大多数の人々はイエスについてまじめに受け取ることを拒んでいます。あざけりと侮辱の対象としてしか考えていないのです。その歩みをまともに考え、ことばと行動に注意を払おうとしないのです。

3 結局ヘロデはイエスをものの数ではないとかんがえたのです。はでな奇跡や権勢なら崇敬しようという世俗主義に満ちていました。領主としての地位を保ち強力な護衛の兵士を従えたヘロデにとって、このガリラヤ出身の大工などは物の数ではないとあしらったのでした。

多くの人は意識的にか、無意識的にか、イエス・キリストなど問題ではなく、人生から削除してもかまわないと結論づけているのです。その人々は心にイエス・キリストを入れる部屋を持たない。生活にその影響を与えさせず、イエスなしに十分自分の権勢を保ってゆけると考えているのです。だから聖書に記されたイエスの姿をあざけりと皮肉の対象としてしかみないのです。このイエスが歴史に於いて2000年の間、そして今後もどれほどおおきな影響を全世界に与えてきたかを考えてみようともしないのです。このイエスを心の王様として迎え入れた、一人一人が生まれ変わって、どんなに新しい人生を歩んでいるかを図ってみようともしないのです。

イエスを黙殺する者にたいして、冗談の対象としてしか考えないものに対して、主イエス様のことばは、何もないのです。沈黙あるのみです。

主イエスを信じる者にとって、このお方は王の王、主の主です。全生活の領域での「主」です。

さてヘロデもイエスに関しては罪を決定することはできなかったのです。ピラトのもとに送り返しました。ヘロデはピラトよりも罪深くイエスを取り扱いました。やはり政治家の立場で、イエスを無罪とせざるをえなかったのです。

 

Ⅲ 13-24節

1  ピラトはイエスを有罪にしたくなかった。そうすることは罪のない者を罪ありとする点でローマの栄光である公平な正義にもとることになる。彼は4回も無罪を主張します。そして釈放を三回も(16.20.22節)提案します。妥協策として、イエスをむちで打って釈放しようとまで勧めました。しかし彼はついに民の声に負けました。ユダヤ人の恐喝に破れたのです。ユダヤ人の罪が、ここに浮き彫りにされています。彼らはこの人を殺し、バラバを釈放しろと一方的に申し出ます。バラバは法的に暴動と殺人の罪でまぎれもない極悪人だったのです。十字架刑に決まっていました。ユダヤ人たちはローマの律法に照らして無罪のイエスを殺して、有罪のバラバを選びました。平和の君よりも殺人犯を、愛の代わりに憎しみと暴力を選んだのです。今日も、同じように十字架のイエスに向かって、叫ぶ人々が大勢います。21節 彼らはさけびました。「十字架だ。十字架につけろ。」イスラエルには十字架刑は存在しませんでした。せいぜい石打だったのです。バラバの代わりに「十字架」につけろと叫んだのです。使徒の働き3:14-15「そのうえ、このきよい正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、いのちの君を殺しました。」

2 ピラトが、このようにして民の声に敗れた理由は、民の暴動を恐れたからでした。マタイ27:24にそうかかれています。「そこでピラトは、自分では手のくだしようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するが良い。」さらには、暴動のけはいは、ピラトを皇帝に反逆罪で訴えかねない勢いだったのです。「ユダヤ人たちは激しく叫んでいった。もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とする者はすべてカイザルにそむくのです」(ヨハネ19:12)。ピラトは自分の首をつなぐために民衆の声に負けたのです。広大なローマ帝国の政府は内紛を決して許しませんでした。また治められている民がカイザルに上訴した場合、自分の失脚をそれは意味していました。このようにして、この人に罪はないと認められていたイエスは、民の声によって十字架につけられることとなりました。

 

結び)一見して不法の民の声が勝利したようにみえます。この事件について、聖書は、その背後で神の声が勝利を治めた事を証言しています。イザヤ53章のメシヤ預言どおりのことがイエス・キリストの身に成就したのでした。また使徒の働き2:23-24「あなた方は、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法の者の手によって十字架につけて殺しました。しかし神はこの方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。」と説明しています。

神が神に反逆した罪人に救いを与えるために、この道を、この方法をとられたのでした。

そして人間がイエス・キリストをこのように取り扱ったところに、救われるべき人の罪の本当の姿が、浮き彫りにされています。今もなお、多くの民衆とおなじように、あなたはイエス・キリストを十字架につけようと叫びつづけるのでしょうか。

 

April 13th 2014 Luke 23:1-24 “No charge against this man”

 

Introduction) Last week, we learned the inquisition for Jesus Christ by Jewish officials.  In today’s passages, the judgment by political leaders was written.  During the era of Jesus Christ, the Roman Empire governed Israel politically.  There was a governor to rule the maintenance of security.  Jewish religious leaders sentenced Jesus to death, because Jesus said he was a son of God.  However, this couldn’t be implemented without political leaders’ judgment: the sentence wouldn’t be carried out.  Thus, it was reported to Roman governor.

 

  1. 23:1-6  Jesus before Pilate
    1. Jewish officials brought Jesus before Pilate and said “We have found this man subverting our nation.  He opposes payment of taxes to Caesar and claims to be Christ a king.”  They thought it was not appropriate to accuse Jesus by being insult toward God, because Roman officials had no control over religious issues.  Thus, they made up untrue accusations by reasoning political charge.

This clearly indicated to switch maliciously the focus of argument.  The 1 st point of accusation was “stirring up our nation.”; Jesus violated and fomented Roman security.  The 2nd point was for opposing payment of taxes to Caesar.  The 3rd point was that Jesus claimed to be Christ a king, which he defalcated a title of a king.

The officials knew the most that such issues were not true or shifting the focus of argument.  Those were just excuses that they made up in order to kill Jesus.  Pilate saw through their position immediately.  He realized the accusation was not real through his experience of being in the security profession.  Officials knew that Jesus taught “Things for Caesar is to Caesar.  Things for God is to God”

  1. Pilate asked Jesus only about the 3rd point of accusation.  “Are you the king of the Jews?”  This question was being asked with the feeling of disgusting toward the man who looked shabby carpenter.  Jesus replied to Pilate “My kingdom is not of this world.  If it were, my servants would fight to prevent my arrest by the Jews.  But now my kingdom is from another place.” (John 18:36)

Pilate’s concern was weather Jesus would rebel against Roman as a governed king.  But he understood by speaking with Jesus that he would be harmless.  The throne of Jesus belonged in the different dimension from that of Caesar.  The Kingdom of Christ was totally spiritual matters.  Those who believed in Jesus as the Lord in their hearts would become a member of God’s Kingdom.  And they would be spiritually controlled by Jesus Christ.  This wouldn’t prevent the authority of Caesar who governed on earth.   Policy makers who would ever stand or fall down were related only with the royal throne on earth.  When you read the New Testament, it said that Jesus Christ would have had never tried to become a Jewish King opposing to Caesar.

Pilate accepted Jesus Christ to call himself as “Jewish King” and convinced he was not guilty.  In verse 4, he announced “I find no basis for a charge against this man.”  Jesus was innocent in terms of political aspect.   Christianity was considered sin which would stir up all over the Roman Empire as written in the Gospel of Luke and Jesus was accused for being a king opposing to the Empire.  However, this incident proved that Roman Empire directly accepted for not being guilty.

Thus, those who had tried to kill Jesus were almost taken away by Pilate.  They insisted “He stirs up the people all over Judea by his teaching.” (Verse 5)  They tried hard to put through their judgment.  Then Pilate shifted the blame; He tried to avoid this trouble which led to bring more difficulties.  Pilate came up an idea to send Jesus Christ to Rode, Galilean’s territory when he heard the man was a Galilean.  Pilate’s indecisiveness led to make an illegal action.  He released Jesus by hearing people shouting to crucify him.  (Verse 22-23)

 

  1.  23:8-  Judgment by Herod

Jesus was sent to Herod.  Herod was very pleased to see Jesus.  But the joy was gone in a second.  Jesus didn’t see the need of talking to Herod. Why?

  1. Herod thought of Jesus as a showing off.  He hoped to see the Lord perform some miracle.  He wanted to watch the show of the mystery, not Jesus.  The Lord should be served and followed with the respect as being sent by God.  However, for Herod, Jesus was a second role of his life.
  2. In verse 11, for Herod, Jesus was just one of his joke and laughing seed.  He was just a symbol of sneering to put on a king’s robe and imitating a king.        He rejected to accept the teaching of Jesus eagerly.  Disgusting Jesus meant the same as ignoring Jesus Christ.

In nowadays, the majority of people reject to accept Jesus eagerly.  They think Jesus is the symbol of sneer and humiliation.  They don’t pay attention to his words and actions with taking their steps seriously.

  1. Consequently, Herod thought of Jesus as worthless.  The world was filled with secularism which would worship fancy miracle or authority.  To Herod who had kept a higher position as a lord and had strong solders, this carpenter from Galilea was nothing to be worried about.

The majority of people conclude that Jesus Christ is out of question; they eliminate him from their lives with or without intention.   They don’t have a room for Jesus Christ in their hearts.  They wouldn’t let Jesus influence their lives and think that they can maintain their power without Jesus.  Thus, they see Jesus as a symbol of sneer and sarcasm.  They don’t consider Jesus’s enormous influence on all over the world in 2000 years.  Moreover, they don’t even measure each one of people who welcomed Jesus how these people live their new life.

The words of the Lord Jesus Christ mean nothing but silence to those who perceive Jesus as a joke.  For those who believe the Lord Jesus, he is the King of the King and the Lord of the Lord.  He is the Lord for all of their lives.

Herod couldn’t determine charge against Jesus.  Therefore, he sent Jesus back to Pilate.  Herod treated Jesus more sinfully than Pilate.  Jesus was innocent from the political point of view.

 

  1. Verse 13-24
    1. Pilate didn’t want Jesus to find guilty; it would violate the Roman glory of the fair justice.  He insisted Jesus to be innocent for 4 times and suggested to be released 3 times. (Verse 16, 20 and 22).  He even recommended to whiplash as a punishment and to release Him.  However, he lost by the voice of public.  He was failed by Jewish blackmail.

This depicted the Jewish sin.  They killed the person and ordered to release Barabbas.  Barabbas was an evil who committed riot and murder.  He was already determined to be crucified.  Jewish looked through Roman laws, killed innocent Jesus and chose Barabbas who committed sin.  They chose a murder over the peaceful symbol and hatred and violence over love.

There are people in nowadays who shout against Jesus on the cross in the same way.  In verse 21, they shouted “Crucify him!  Crucify him!”  In Israel, there were no such sentences as crossing.  It was stoning at most.  They shouted to crucify him instead of Barabbas. “You disowned the Holy and Righteous One and asked that a murder be released to you.  You killed the author of life..” (Act 3:14-15)

  1. The reason that Pilate lost by public pressure was because he was afraid of riots.  It was written in Matthew 27:24 “When Pilate saw that he was getting nowhere, but that instead an uproar was starting, he took water and washed his hands in front of the crowd. “”I am innocent of this man’s blood,”” he said “”It is your responsibility!””  Besides, the sign of the riot was the force that might accuse Pilate of treason at the emperor.  “Pilate tried to set Jesus free, but the Jews kept shouting, “”If you let this man go, you are no friend of Caesar.  Anyone who claims to be a king opposes Caesar.”” (John 19:12)  Pilate was lost by public in order to keep his authority.  The government of the enormous Roman Empire didn’t allow having infighting.  When public reported to Caesar, that meant the fail of the person. Therefore, Jesus, who was found not guilty, was crucified by the voice of public.

 

Conclusion) It seemed the voice of injustice public gained victory.  However, Bible proved the voice of God won a victory behind the situation; Messiah’s prophecy in Isaiah 53 was accomplished over Jesus Christ.  Also, in Acts 2:23-24, it explained that “This man was handed over to you by God’s set purpose and foreknowledge; and you with the help of wicked men, put him to death by nailing him to the cross.  But God raised him from death, freeing him from the agony of death,”  God took this path and steps to give salvation toward those sinners who rebelled against God.  It depicted the true figure of people who need salvation.  Do you shout to crucify Jesus Crist just like other public did?

 

2014년 4월 13일    「이 사람에게 죄가 없도다」   누가복음23:1-24

서문) 지난주 우리는 예수님께서 유대 당국자들로부터 종교재판 받으신 내용을 배웠습니다. 오늘아침의 말씀은 정치적지도자로부터 종교재판을 받으시는 예수님에 대한 기록입니다. 당시, 이스라엘을 지배하던 것은 로마제국이었습니다. 로마제국은 치안유지를 위해 총독을 두었습니다. 유대의 종교지배자들은 예수가 「자칭 왕 그리스도」라는 이유로 사형에 처할 것을 결정했지만, 이것은 정치적 지배자들의 동의를 얻지 않으면 실행할 수 없던 일이었습니다. 사형 집행조차도 할 수 없었습니다. 그러므로, 예수님을 로마총독에게 끌고 왔던 것입니다.

 

Ⅰ 23:1-6  빌라도에게 고소

 유대당국자들 전원은 예수를 빌라도에게 끌고 왔습니다. 그리고 고소했습니다. 「우리 백성을 미혹하고 가이사에게 세 바치는 것을 금하며 자칭 왕 그리스도라 하더이다」그들은「하나님의 이름을 더럽힌 죄」로 로마법에 예수를 고소하는 것은 부적절하다고 생각했습니다. 로마총독은 종교상의 일로 벌을 내리를 일은 할 수 없었기때문입니다. 그러므로, 이러한 정치적 비난을 근거로한 허위 고소를 한 것이었습니다.

이곳에서는 유대 당국자들이 악의를 품고 문제를 살짝 바꾼 것이 분명하게 기록되어 있습니다.

고소내용의 첫번째는, 「백성을 미혹하는」예수가 로마 치안을 방해하고, 선동하고 있다는 것이었습니다. 두번째로는, 가이사에게 바치는 세금을 금한 것이었습니다. 세번째는, 자신을 왕∙그리스도라고 말하는 것이었습니다. 왕의 칭호를 횡령한다는 것이었습니다.

이 항목들이 모두 거짓인지, 논점을 살짝 바꾼것인지는, 실제로 고소하고 있는 그들이 가장 잘 알고 있었습니다. 예수를 죽이려는 야망때문에 그들이 만들어낸 이유였기 때문입니다. 빌라도는 그들의 마음속을 알고 있었습니다. 고소의 내용이 거짓인지는 수많은 경험을 거친 치안의 전문가가 잘 알고 있었습니다. 세금에 관하여 예수는 「가이사의 것은 가이사에게 하나님의 것은 하나님에게」라고 가르치신 것을 그들은 알고 있었습니다.

 빌라도는 고소의 세번째 문제를 가지고 예수에게 물었습니다. 「네가 유대인의 왕이냐」이것은 눈앞의 초라한 모습의 한 목수를 보고, 거의 어처구니 없는 상태로 질문한 것이었습니다. 이 문답중에 예수는 빌라도에게 「내 나라는 이 세상에 속한 것이 아니라 만일 내 나라가 이 세상에 속한 것이었더면 내 종들이 싸워 나로 유대인들에게 넘기우지 않게 하였으리라 이제 내 나라는 여기에 속한 것이 아니니라」 (요한복음18:36)라고 대답하고 있습니다.

빌라도의 관심은, 예수가 자신이 다스리고 있는 이 나라의 왕으로써 로마제국에 반역할 것인지 아닌지에 관한 것이었습니다. 예수의 대답을 듣자 그는 고소할 정도의 위험인물이 아니라고 판단했습니다. 예수의 왕위와 가이사의 왕위는 차원이 다름을 알았습니다. 그리스도의 나라는 영적인 것이었습니다. 마음속에 예수님을 주로써 믿는 자들은 하나님 나라의 일원이 되며, 예수 그리스도의 지배하에 있게되는 영적인 것입니다. 그것은 지상을 다스리고 있는 가이사의 권한을 방해하는 것이 아닌 것입니다. 지상의 위정자들이 세우고 쓰러뜨리는 것은 눈에 보이는 지상의 왕권입니다. 신약성경을 읽어보면 예수 그리스도가 가이사에게 적대하는 의미로 유대의 왕이 되려는 것이 아님을 잘 알수 있습니다.

빌라도는 예수 그리스도를 자칭 「유대인의 왕」이라 한 것을 승락하고, 더욱이 예수가 무죄임을 확신했습니다. 4절 「내가 보니 이사람에게 죄가 없도다」라고 선언하고 있습니다. 예수에게는 정치가의 눈으로 볼때 아무런 죄가 없다. 이것은 누가복음에 쓰여있던 당시의 로마제국 각지에 크리스트교가 국민을 미혹하고, 예수를 왕으로하려는 황제반역죄로 고소당한 것에 대하여, 로마제국의 총독이 무죄라 인정한 것임을 증명하고 있습니다.

이렇게 예수를 어떻게해서든 죽이려 하는 그들은 빌라도에게 제어를 받았습니다. 그들은 「저가 온 유대에서 가르치고 갈릴리에서부터 시작하여 여기까지 와서 백성을 소동케 하나이다」(5절) 라고 더욱더 굳세게 주장했습니다. 그들은 어떻게해서든 자신들의 판단을 관철시키려 열심이었습니다. 이곳에서 빌라도는 책임전가를 하려 합니다. 하나의 곤란을 피하려 더욱더 큰 곤란을 만들어버리고 말았습니다.

그는 예수가 갈릴리 사람임을 듣고, 갈릴리 영주에게 예수 그리스도를 보내려 합니다. 빌라도의 우유부단함이 불법을 행하는 것으로 이어지게 됩니다. 십자가에 달리게 하려는 대중의 목소리에 눌려서, 예수를 넘겨버린 것입니다. (22-23절)

 

Ⅱ 23:8-  헤롯에 의한 재판

예수는 헤롯에게 보내어졌습니다. 헤롯은 예수를 보고 대단히 기뻐했습니다. 그러나 그 기쁨은 한순간 뿐이었습니다. 예수는 헤롯에게 아무런 말도 하지 않았습니다. 어째서 일까요?

 헤롯은 예수를 대단한 볼거리로 여겼기 때문입니다. 그는 예수자신이 아니라 예수가 행하는 기적을 보고싶어 했습니다. 하나님으로부터 보내심을 받은 구세주로써, 섬김을 받으셔야 할 주, 인간이 순종해야 할 분이심에도 불구하고, 헤롯에게 있어서 예수는 인생의 한 조각에 불과했습니다.

 11절  헤롯은 예수를 얘깃거리, 웃음거리중의 하나로 삼기위해, 화려한 왕의 옷을 입혀, 왕처럼 흉내내게 하여 비웃음의 대상으로 삼았습니다. 진실되게, 예수님자신과 , 그분의 가르침을 받아들이는 것을 거부했습니다. 예수를 굴욕시킨 것은 예수 그리스도를 무시한 것과 같은것입니다. 지금도 수많은 사람들이 예수를 진실되게 받아들이는 것을 거부하고 있습니다. 비웃으며, 굴욕의 대상으로만 생각하고 있습니다. 그 삶을 신중하게 생각하며 말씀과 행동을 주의하려하지 않고 있습니다.

 결국 헤롯은 예수를 물건으로밖에 생각하지 않았습니다. 그는 화려한 기적이나 권세라면 숭배하려던 세욕주의에 차 있었습니다. 영주로써의 지위를 유지하고, 강력한 방위병사를 거느리는 헤롯에게 있어서 이 갈릴리출신의 목수는 자신에게 득이되지 않음을 깨닫고 돌려보냈습니다.

많은 사람들은 의식적으로든, 무의식적으로든 예수 그리스도따위는 자신의 인생에서 없애려 결론짓고 있습니다. 그러한 사람들의 마음에는 예수 그리스도를 받아들일 장소를 가지고 있지 않습니다. 생활에 그 영향을 반영하려 하지 않고, 예수 없이 자신의 능력으로 충분히 권세를 유시시킬 수 있다고 생각하고 있눈 것입니다. 그러므로 성경에 쓰여있는 예수의 모습을 비웃음의 대상으로밖에 보질 않는 것입니다. 이 예수가 길고 긴 역사에 있어서 2000년간 그리고, 앞으로도 얼마나 커다란 영향을 전세계에 미칠 것인지에 대하여 생각조차 하려 하지 않는 것입니다. 이 예수를 마음속의 왕으로 영접한 한사람한사람이 다시 태어나, 얼마나 새로운 인생을 걸어가고 있는지를 생각하려하지 않는 것입니다.

예수를 묵살한 자들에 대하여, 농담의 대상으로밖에 생각하지 않은 자들에 대하여, 주예수님의 말씀은 아무것도 없었습니다. 침묵뿐이었습니다.

주 예수를 믿는 자들에게 있어서 이 분은 왕의 왕, 주의 주이십니다. 전 생활의 영역에 있어서 「주」이십니다.

한편, 헤롯도 예수의 죄에 대하여 결정적인 것을 발견할 수 없었습니다. 예수를 다시 빌라도에게 되돌려 보냈습니다. 헤롯은 빌라도보다도 더 깊은 죄로 예수님을 다루었습니다. 하지만 정치가의 입장으로 예수를 유죄라 할 수 밖에 없었습니다.

 

Ⅲ 13-24절 

1     빌라도는 예수를 유죄로 하고 싶지 않았습니다. 만일 그렇게 하면, 죄없는 자를 무고하게 죄인으로 만드는 것이므로, 로마의 영광스런 공평한 정의에 반하는 일이었습니다. 그는 4번이나 무죄를 주장했습니다. 그리고 세번이나 사면을 (16,20,33절) 제안했습니다. 타협책으로 예수를 때려서 사면하려 했습니다. 그러나 빌라도는 결국엔 민중의 목소리에 지고 말았습니다. 유대인의 협박에 패했습니다. 유대인의 죄가 이곳에 새겨져 있습니다. 그들은 이 사람을 죽이고, 바라바를 석방하라고 일방적으로 외쳤습니다. 바라바는 법적으로 폭동과 살인의 죄를 범한 극악한 죄인이었습니다. 십자가형이 결정되어있었습니다. 유대인들은 로마율법에 비추어 무죄의 예수를 죽이고, 유죄의 바라바를 선택했습니다. 평화의 왕보다 살인범을, 사랑대신에 증오와 폭력을 선택한 것입니다. 이와같이 현재에도 십자가의 예수를 향해 외치는 사람들이 많이 있습니다. 21절 그들은 소리질렀습니다. 「저를 십자가에 못박게 하소서 십자가에 못박게 하소서」 본래, 이스라엘에는 십자가형이 존재하지 않았습니다. 고작해야 돌로치는 벌이 있었습니다. 그러나 그들은 바라바 대신에 「십자가」에 못박으라고 외쳤습니다. 사도행전 3:14-15「너희가 거룩하고 의로운 자를 부인하고 도리어 살인한 사람을 놓아 주기를 구하여 생명의 주를 죽였도다 그러나 하나님이 죽은 자 가운데서 살리셨으니 우리가 이 일에 중인이로라」

2     이러하게 빌라도가 민중의 목소리에 패한 이유는 민중의 폭동을 두려워했기 때문이었습니다. 마태복음27:24에 다음과 같이 기록되어 있습니다. 「빌라도가 아무 효험도 없이 도리어 민란이 나려는 것을 보고 물을 가져다가 무리앞에서 손을 씻으며 가로되 이 사람의 피에 대하여 나는 무죄하니 너희가 당하라」이 민란이 나려하는 것은 빌라도가 황제에게 반역죄로 고소해야할만큼 대단한 기세였던 것입니다. 「이러하므로 빌라도가 예수를 놓으려고 힘썼으나 유대인들이 소리질러 가로되 이 사람을 놓으면 가이사의 충신이 아니니이다 무릇 자기를 왕이라 하는 자는 가이사를 반역하는 것이니이다」(요한복음19:12) 빌라도는 자신의 목숨을 연명하기 위해 민중의 목소리에 따랐습니다. 거대한 로마제국의 정부는 내분을 절대로 용서하지 않았습니다. 또한 다스리고 있던 민중이 가이사에게 상소할 경우, 자신의 실각을 의미하는 것이었습니다. 때문에 이 사람에게 죄가 없음을 인정하던 예수를 민중의 목소리로 인해 십자가에 달리게 했습니다.

 

맺음) 얼핏보면 불법의 민중이 승리한 것처럼 보일 수 있습니다. 이 사건에 관하여 성경에서는 그 배경에 하나님의 목소리가 승리하심을 증언하고 있습니다. 이사야 53장의 메시야 예언대로 예수 그리스도의 몸에 성취되었기 때문입니다. 또한 사도행전2:23-24「그가 하나님의 정하신 뜻과 미리 아신 대로 내어 준바 되었거늘 너희가 법없는 자들의 손을 빌어 못박아 죽였으나 하나님께서 사망의 고통을 풀어 살리셨으니 이는 그가 사망에게 매여 있을 수 없었음이라」라고 설명하고 있습니다.

하나님께서는 하나님을 반역하는 죄인들을 구원하시기 위해 그 길을, 그 방법을 선택하신 것입니다.

그리고 인간이 예수 그리스도를 어떻게 취급했는지, 구원받아야할 죄인의 진짜 모습이 드러나고 있는 것입니다. 지금도 그때의 민중처럼 여러분은 예수 그리스도를 십자가에 못박으라 외치고 있습니까?

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