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2016年3月25日 受難日礼拝 マルコ15章21-41節 音声あり

 

2016.3.25   受難日礼拝 司会 廣橋嘉信牧師  奏楽 大場かづさ姉妹

招イザヤ書 53章1-3節 マルコの福音書 15章21〜41節

聖書の話   「イエスを十字架につけ 」

序)罪のない主イエスさまを十字架につけることを総督ピラトが許しました。ローマ政府の罪の宣告は一定の形式を持っていました。裁判官が「判決は次のようである。この男を十字架にかけよ。」そして彼は番兵に向かって「兵士よ行け。十字架の用意をせよ」この時十字架が用意されて、イエスは兵士に渡されました。

Ⅰ 十字架の回りの嘲笑

ローマの兵士にとってはイエス様は今までもそうであったように十字架にかけられるただ一人の男に過ぎませんでした。彼らの中で、この方の十字架の背後に世界の救いの新時代が始まるのだと言うことを知っていた者は誰もいませんでした。彼らの中にはユダヤ人のような悪意と憎しみは無かったのです。彼らがイエス様に紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、ユダヤ人の王様万歳と叫び、葦の棒で頭をたたいたりしたことは粗暴な冗談だったのです。しかしこの嘲笑は十字架の回りにやがて起ころうとする多くの嘲笑の始まりで、それは今日まで世界中に続いているのです。罪状書きの「ユダヤ人の王」、主の十字架の左右に左大臣、右大臣として間違いなき強盗をつけたこと、道行く人々は頭を振りながらイエスをののしったこと。十字架から降りて自分自身を救えと入ったこと。「他人は救ったが、自分は救えなかった」多くのクリスチャンはイエスさまについて、また信じている自分たちについて、嘲笑が浴びせられることを経験しています。

主イエス・キリスト様がご自分を救えなかったと彼らは嘲笑します。しかし救えなかったのではなくて、救わなかったのだということを生前のイエス様は証明しています。マタイの福音書20:18-19、28 「 一同で読む 」イザヤ書53:4-5「 一同で読む 」

 

Ⅱ シモン、十字架を負わせられる

ローマの兵士たちは主を処刑場に引いてゆきました。ゴルゴタ、そこはエルサレムの城外にありました。裁判の場所から処刑場まで十字架をはじめは本人に負わせ、その前を罪状書に「ユダヤ人の王」とかかれたプラカードがすすみました。見せしめのためにです。

イエスさまは最初は自分で十字架を負わされて処刑場への道を進まれました。しかし、途中でついに力尽きて倒れました。付き添いの百人隊長は、見物人の中からクレネのシモンにその十字架を負うことを命じました。当時のパレスチナはローマの占領下にあり、いかなる市民もローマ政府と軍隊の奉仕に徴用されたら即刻、その任につかなければなりませんでした。拒否することはできませんでした。その合図は、隊長の剣の刃のみねで肩をポンと打つだけでよかったのです。

クレネは、今のトリポリでアフリカの北岸にあったでした。そこにはユダヤ人の植民地がありました。シモンはエルサレムで過越の祭りを祝おうと、夢にみて長年、旅費をため、ついに念願かなってやってきたのでした。美しく、嬉しい旅でエルサレムについてからも神殿に詣でたりしてウキウキしていたのです。さまざまな予定を組んでいたことでしょう。そこへ降って湧いたような災難でした。罪人の代わりに十字架を負わされ、罪人とともに町の隅々まで共に歩き、処刑場までさらしものとなって行くのです。喜びの天から悲惨の地に落されたようなショックでした。イエス・ユダヤ人の王の十字架を負うことがシモンの十字架となりました。背負った十字架の重さよりも、屈辱の十字架のほうが重かったに違いありません。これだけ大勢入るなかでよりによって何で、自分が負わなければならないのか?です。主イエスのゆえに、人は突然のように負うぺき十字架があるのです。他の人でなく、あなたに負ってもらいたいと神が計られた十字架があるのです。誰でもよいのではなく、あなたでなければならない主からの十字架があるのです。天の父の深い御計らいがあるのです。

しかし、その結末はどうだったでしょうか。マルコは、彼のことをアレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人と説明しています。百人隊長が「お前えはどこの生れで、名前は何というのか」と聞いたわけではありません。十字架を負わされた時は何処の誰とも分からなかったのです。勿論周りの群衆たちも、知りませんでした。しかし、今は全世界で福音が伝えられる所では、クレネのシモンのことを知って、羨ましく思う聖徒たちが大勢いるのです。主の十字架をじきじきに負って、苦しみの一端を担うことができた特権と光栄を思います。

クレネのシモンだけでなく、アレキサンデルとルポスという二人の息子も、マルコの福音書が書かれた頃には、教会の最初時代ローマで、クリスチャンたちに良く知られた存在だったのです。パウロは後になってローマ人への手紙を書いたときに挨拶の中で(ローマ16:13)「主のあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。〉」といいました。ルポスという卓越したクリスチャンがローマの教会にいた。神の選ばれた人と呼ばれ、その母は彼とパウロの信仰の母といえる交わりがあった方であった。その母を敬う心がパウロにあった。マルコは福音書を記すときに、ローマ教会にいるルポスの父親が、このむりやりに十字架を負わせられたクレネのシモンであると、神の導きの不思議を描いたのでした。

いばらの冠を頭に巻き付げられて、血をしたたらせながら十字架を負ってあるいていたユダヤ人の王イエスを、こんな死刑囚のために自分の楽しみが台なしにされたと、シモンはうらみに思っていたことでしょう。しかし、彼は道を進むに従って心に驚きを禁じえなかったのではないか。死刑にあうような方ではない、その自分を見るまなざし、回りの人々に向けられるまなざし、十字架につけられる様子、その上でのお言葉を耳にして、彼は信仰に導かれたのでないでしょうか。「父よ彼らをお赦しください。」「完成した。」「私の霊を御手に委ねます。」このように死んでいった死刑囚を今まで見たことがなかった。天地が暗くなった様子も、ただごとではない。

主が死に、葬られたところまで、彼は確かめなければ気持ちがすまなくなったのではないだろうか。どちらにしても、祭りが終るまではエルサレムに留まって、十字架を負って歩んだすべてを思い起していたのではないでしょうか。物見遊山の旅ではもはやなく、彼の心に真剣な信仰への問いかけが生じたと考えてよいのではないでしょうか。

主イエスさまはあるときおっしゃいました。「自分の十字架を負って、わたしについて来ない者は、わたしの弟子となることはできません。」わたしたちは今主の後にしたがって、福音宣教という主が天に帰られたときに残して行かれた使命を果たす十字架を負わされています。その使命をさまざまな所で担い、果たすときの苦難を与えられているのです。シモンは、みごとにこの十字架を負いきり、その時に恥辱が光栄であったことを発見しました。それが彼を変え、家族を変え、神の国の光栄ある弟子たちにと変えたことを知っています。そして聖書にその名が永遠に留める栄誉にも浴しました。

あなたの現在負っている主からの十字架は、どのようなことでしょうか。主がわたしたちに自分に代わって負ってほしいとおっしゃっていることは、どのようなことでしょうか。みからだである教会のために負っている十字架があり、あたらしく負わなければならない十字架とは何でしょうか。主よ私にではなく、あのひとにと避けることもできるでしょう。しかし、その場合、それにともなう祝福と光栄も、他に人にゆずられるのでしょう。主が貴方でなければと選ばれた十字架は、誰か他の人では駄目なのではないでしょうか。

どのような課題であっても、恨みと辛みで負うよりは、喜んで負うことにより、あなたはわたしのために水一杯をさしだしてくれたと言ってくださる主に応えたいと思います。

結び) この世に人々から見ると、主イエス・キリストのあとにしたがって、宣教のためにあえて安定をはなれて、生涯に十字架を負って歩むシモンやクリスチャンは、何と可哀想な存在、不運な者たちでしょうか。主イエスのいのちによって永遠の恵みをいただいたものたちは、単なる傍観者、やじ馬でありつづけことはできません。あなたが今日、主がかわって負わせられる十字架を避けないようにと祈り、進んで信仰の素晴らしさを感じて負ってくださるようにと願います。

 

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