2021年12月26日礼拝 音声有 説教「空の墓の説明」

*通常の会堂で礼拝を持ち、ZOOMで様子をライブ配信の予定です。This service will be held in person at our regular chapel (Site 1) and shared via ZOOM.

(For those interested in an English summary of the sermon each week, please contact us.)

 

礼拝式順 10:45〜12:00

前   奏
招きの言葉   コリント第一の手紙 15章3〜8節
さ ん び  「みなをかかげて Lord I Lift Your Name on High」
さ ん び  「主イエスの十字架の血で He Is Our Peace」
開会の祈り
主の祈り
教会福音讃美歌  152番 「この日夜は明けて」
聖書朗読   マタイの福音書 28章11〜17節
聖書の話     「空の墓の説明」    廣橋嘉信牧師
教会福音讃美歌  465番 「キリストにはかえられません」
献   金
報   告
とりなしの祈り    廣橋嘉信牧師
頌栄 (教会福音讃美歌) 271番 「父・子・聖霊の」
祝   祷     廣橋嘉信牧師
後   奏  讃美歌567番[V]「アーメン・アーメン・アアアアーメン」

 

説教(聖書の話)  「空の墓の説明」

 

序文)この主題は2010年の修養会ですでにとりあげました。キリストの復活は、福音書歴史と使徒歴史の分岐点です。キリスト教会の基礎であり、最大の出来事です。「復活」と言うとき、キリストの人格の影響がただ残っているだけで、本当に身体をもって復活したかどうかは、問題ではないという人々がいます。しかしキリストの身体の復活は、キリスト教の真偽をためす、試金石です。キリスト教会は、その創始者、イエス・キリストの身体の復活の上に建てられているのです。今朝の箇所は墓が空であったという事実をどのように説明するかを巡って、祭司長たちが企てたありえない説明と本当の事実について考えます。

Ⅰ 復活の事実についての聖書記事
1 マタイ福音書は二度よみがえられたイエスの顕現に言及しています:
・マタイ28:9〜10 早朝 墓を訪れた女たちに対して。
・マタイ28:16〜28 ガリラヤの指定された山で11弟子と他の者たちに対して。
2 マルコ福音書は三度言及しています:
・マルコ16:9〜11 マグダラのマリヤに。
・マルコ16:1〜2 エマオの途上の二人の弟子に。
・マルコ16:14 食事中の11弟子に、それから、16:19の昇天の記事も、主の顕現を前提します。
3 ルカ福音書は四度言及しています:
・ルカ24:34 ペテロに。
・ルカ24:13〜31 エマオ途上の二人の弟子に。
・ルカ24:32〜49 集まっていた11弟子たちとその仲間に。
・ルカ24:50〜52 昇天の日の11弟子に。
4 ヨハネ福音書は四度言及しています:
・ヨハネ20:11〜18 マグダラのマリヤに。
・ヨハネ20:19〜24 トマスを除く弟子たちに。
・ヨハネ20:26〜29 トマスを含む弟子たちに。
・ヨハネ21:1〜23 テベリヤ湖畔の弟子たちに。
いろいろの事件と関連して、各福音書に独自のものがあります。マタイは地震と見張り人の恐怖について触れています。また、祭司長たちと長老たちの兵士に対する賄賂の贈与を告げています。マルコは空になった墓での天使のメッセージの中に、ペテロに対する思いやりの記録を納めています。ルカはエマオ途上の二弟子が歩きながら主と交わした会話を載せています。ヨハネはマリヤの経験したよみがえりの主を詳しく記し、また、トマスの特別な経験を記しています。さらにテベリヤ湖畔での光景を記録しています。以上から、弟子たちへの顕現は最初の日だけで五度もありました。
これら顕現の記録を全部順序づけてみると、イエスは慰め・元気を与えるための行為を、まず始めに行われたことが分かります。これがまず果たされなければならない仕事でした。確かに、弟子たちの心は皆、震えおののいていました。それが最初の日の働きでした。彼はこれをマグダラのマリア、エマオ途上の弟子たち、ペテロ、11弟子という順序で行われました。「平安があるように」これは皆に必要なことでした。こののちイエスは檻(おり)から迷い出して滅びの危険に直面していた一匹の羊トマスを連れ戻す仕事にかかられました。群れが全部そろったところで、彼らをあらかじめ、そこで会うと決めておられたガリラヤに送り返されました。ガリラヤの彼が指定しておかれた山で、主は弟子たちに伝道を委任されました。主はそれを彼らに説明し、彼らを助けるということを約束しました。最後に主は彼らをエルサレムに連れ戻し、ペンテコステの日に聖霊において彼らのところに帰って来る主を待つようにと導かれました。この最後の顕現をもって、主は彼らに別れを告げられました。(Defence of the Christian Faith 16〜17 pp)

Ⅱ  空の墓
キリスト復活の歴史的証拠として「空の墓」の存在は、議論の結果生じたものではなく、事実としてあるために復活の根拠として大切なことであります。空の墓は、それが故意になされたものか、勝手に作り出したお話と言えないだけに証明としては独自なものであります。それは客観的な証拠です。それでは空の墓をどのように説明しているのでしょうか。

1 マタイ28:11〜17 ユダヤ人指導者たちが、墓の番人の兵士らを買収し28:13「弟子たちが夜やって来て、われわれが眠っている間にイエスを盗んで行った」と言わせた。
この説明は論理的にも心理的にも信じることは難しい。弟子たちが夜の間に墓を襲い、二人以上の番兵を出し抜いて、遺体を盗み、ひそかに別のところに葬り直した。その上で、主は復活したのだという偽りを世間に伝えたと、考えるのです。
そのようなことは弟子たちについて知っていること、論理的な教え、生活の質の高さ、苦難な迫害があっても崩れない確固とした態度と全く矛盾します。失望落胆のうちに逃げ隠れしていた者たちが、どのような反対も黙らせることができないような証人に劇的に変わったことが説明できなくなります。
このように偽りを言わせた祭司長たちは、自らを欺き、恐怖により、復活の事実よりも、もっとありえないことが起こったと言わせた。完全な敗北を主イエスに対して喫したのです。

2 番兵たちは重大任務を居眠りで怠り、その間に遺体が盗まれたと言いふらすことは、自分たちがピラトから死刑を宣告されるほどの重大過失となるので、「寝ている間に盗まれた」という公言は、危険すぎるのです。そのために祭司長たちは兵士らに対して買収を行い、しかも多額の支払いをしました。公言した内容は精査されると成り立たないからです。寝ている間に弟子たちが封印された墓を暴き、イエスの遺体を盗むのにかかった時間を考えれば、それほど何も感じないまま寝ていたことはありえないのですから。

3 さらにこれら欺きの証言は、墓が空っぽであることを否定できないばかりか、むしろ証明したのです。「遺体が別のところに移された」と言っているからです。

4 空の墓についての学者たちの他の説明は、祭司長たちの命令で、遺体は他の場所に移されたというのです。また墓の持ち主ヨセフによって移されたという説明もあります。
この場合七日間という短い期間にエルサレム中が使徒たちの説く復活の話で沸き返っていたという事実を思い起こすことが必要である。使徒たちがエルサレムの至る所で復活の話をしていたために、祭司長たちは不愉快になっていた。それなら、なぜ、彼らは自分たちの命令によって死体を運ばせた人たちを証人として呼び出さなかったのでしょうか。死体を納めた所を開いてみせなかったのか。彼らは、そうしなかった。なぜだろう。そのような命令は出されていなかったからです。ヨセフについては、このように批判する者たちが、以下の二つの事柄を同時に受け入れなければならない。それはできないことだと答えます。①ヨセフはイエスの隠れた弟子であったという福音書の言葉を受け入れるか ②それとも、ヨセフは敬虔なユダヤ教徒であったから、安息日に死体を十字架に残さないためにも自分の墓に死体を納めることに同意したと考えるかである。
もしヨセフがクリスチャンならば、使徒たちに相談もせずに、勝手に死体を移すことはあり得ないこと、また、使徒たちが後に復活を伝えているとき、ヨセフが空になった墓の真相を話さなかったと考えることは非現実的です。もしヨセフが、敬虔なユダヤ教徒だったというだけなら祭司長たちの許可を求めずに死体を移すことなど全くありそうもない、また、後に祭司長たちが復活の宣教を聞いて気が狂いそうになっていたとき、そのことをヨセフが彼らに話さなかったとは信じられない。

5 キリストを葬った場所を見届けた女たちが、早朝の薄明かりの中で、道を間違え別の墓に行ってしまった。たまたま、そのあたりにいた若者が「あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているのでしょう。」彼女たちが見ていた墓の方を指して「ここにはおられません」別の墓を指しながら「ご覧なさい。ここがあの方の納められたところです。」と。しかし、女たちは恐ろしくなって逃げてしまった。そして、女たちはその若者が主の復活を伝える天使だったに違いないと思い込んでしまった。(聖書学者カーソップレイクの説)
この説は巧妙です。若者が言った初めと終わりを受け入れて、その中間の最も大切な部分を拒むときに、これは成り立つのです。「あの方はよみがえられました。」は、これにより、ことば全体の意味が変わるのです。もし女たちが、まっすぐ弟子たちの所に帰り、この話をしたとすると、弟子たちは、おそらく次の二つのどちらかをした。まず、彼ら自らが墓に行き何が起こったかを調べる。または、ただちに復活を宣べ伝え始める。しかし、あらゆる記録を見てみると、弟子たちはこの事件から七週間経つまで、宣教を始めなかったのです。この空白の原因を作り出せるキリスト者は誰もいなかったでしょう。
そこで、私たちは、この女たちが実際に何週間も使徒たちに何も話さなかったということを信じるようにと要求される。それは使徒たちが皆、エルサレムの拠点を去って急いでガリラヤに行ってしまったからである。数週間後に弟子たちが戻ってきたときに弟子たちはすでに、キリストは今も生きておられるとの確信を得ていた。
さて、以上の仮説によるとキリストの体は墓に入ったままであるので、ヨセフの墓を祭司長たちは調べる事ができた。また、死体を持ち出して、この危険な復活の説教をとどめる事ができた。

6 空の墓を説明するのに、キリストは十字架で実際に死なれなかったという説がある。気絶説といいます。墓に納められて、数時間の後に意識を取り戻し外に出られた。何も知らない弟子たちは、この蘇生を復活と取り違えた。番人の問題はどうするか。祭司長たちはなぜ、死体を盗んだと言いふらさないといけないと思ったのか。説明がつきません。入り口をふたした石をどのようにしてイエスは取り除くことができたのか。

空の墓についての言及は、諸事実を知りたいと願っていたキリスト者のために書かれた福音書に見いだされる。使徒たちの働きを見ると、まだ確信のない人々への大衆説教では、特別な強調点が復活にあっても、墓については触れられていない。それは友であれ、敵対者であれ、誰もが、墓は空であったと知っていたから語る必要が全くなかったのです。論じる余地があるのは、なぜ、墓が空であったのか、それは何を意味するかということだけだったのです。
そして、この空の墓の事実と、復活のキリストの顕現が、共に存在していたことは重大なのです。キリストが他の幽霊話しと違うことを決定づけているのです。

Ⅲ 復活の歴史的証拠
1 教会の存在 そのスタートがキリストの復活にある
キリストの復活と、その結果がクリスチャンたちを世に生み出した。それが福音であった。当初の人々は福音書を信じて救いに入ったのではなく、復活とその結果を聞いて信じた。その後にキリストの生涯と死と復活に関する福音書が、彼らのために編纂された。
2 キリスト者の主の日(日曜日)礼拝への変化
週の終わりの安息日礼拝が、週の初めの日の特別な礼拝に変わった。なぜ変わったのか。復活という重大事が起こったためである。
3 復活祭(イースター )の存在 それが記念している死と復活がなければ意味のないものです。
4 復活の出来事と最初の公の宣教との間に七週間という間隔があります。キリスト者自身がこの間隔を造ったのではありません。聖書には最初の40日間、使徒たちは、復活の主と絶えず交わりを持ち、そして主が命じられた通り、自分たちのうえに聖霊が力をもって降るまで、さらに10日間待ったと記録されている。もしも、この記録に基づくのでないと、この間隔をどのように説明できるだろうか。
5 ペテロ、パウロに起こった生涯の劇的大変化
6 歴史を通じてキリスト者の経験してきたことは「主はともにいます」です。

結び)空の墓は、身体をもってよみがえられた主イエスの事実を伝えています。どのように支持のない説明を加えても、この事実の上には何も力がありません。主ご自身は弟子たちや、500人以上の人々に同時に現れてくださって目撃証人をえました。今朝も全世界でともにおられる主の前に礼拝がささげられています。海浜幕張めぐみ教会の2021年もみことばと礼典と祈りの奉仕が守られて最後の主の日をこのように全うできます幸いを感謝します。