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礼拝式順
| 前 奏 | Prelude | |
| 招きの言葉 | Call to Worship | イザヤ書55章1-2節, 10-11節 |
| さ ん び | Opening Praise | O Church Arise いざ立ち上がり |
| さ ん び | Praise | 愛の光輝きーShine Jesus Shine |
| 開会の祈り | Opening Prayer | |
| 主の律法 | Law of God | (第9戒 出エジプト記20章16節)
ヨハネの手紙第一2章4-6節 |
| 黙祷 | Silent Confession | |
| 悔い改めの祈り | Prayer of Repentance | |
| 主の福音 | The Gospel of God | ローマ人への手紙8章1-2節 |
| 賛 美 | Hymn | 聖歌273番「命の泉に」 |
| 聖書朗読 | Scripture Reading | イザヤ書43章19-21節; エゼキエル書47章6-10節 |
| 聖書の話 | Sermon | 「荒れ地に川を」
マーク・ボカネグラ牧師 |
| 賛 美 | Hymn of Response | 教会福音讃美歌412番「主とともに歩む」 |
| 主の献金の招き | Lord’s Call to Give | マラキ書3章8-10節 |
| 献金 | Offering | |
| とりなしの祈り | Pastoral Prayer | マーク・ボカネグラ 牧師 |
| 主の祈り | Lord’s Prayer | |
| 派遣のことば | Lord’s Commission | エペソ人への手紙4章1-6節 |
| 信仰の告白 | Confession of Faith | 使徒信条(Apostles’ Creed) |
| 頌栄 | Doxology | 教会福音讃美歌269番 「たたえよ、主の民」 |
| 祝祷 | Benediction | マーク・ボカネグラ 牧師 |
| 後奏 | Amen | 讃美歌 567番[V]「アーメン・アーメン・アーメン」 |
| 報告 | Announcements |
聖書の話(説教)
子どもたちに聞きます。海浜幕張めぐみ教会(KMGC)は、なんと今年で25周年を迎えました!25年が経った今、私たちの礼拝には毎週平均して約75名が集い、一番最後に転入された方の教会番号は196番になりました。現在は二つのマンションの集会室に分かれて礼拝を捧げていますが、いつの日か150人が一緒に入れる教会を建てるために、土地を購入したいと願い祈っています。ここまで来るのに25年かかりました。でも皆さん、このKMGCがどのようにして始まったか知っていますか?感謝なことに、私たちはその始まりをかなりはっきりと知る事ができます。
1999年の1月5日、廣橋牧師とダン・アイバーソン牧師が、教会の開拓について2時間半にわたって話し合いました。この話し合いの後、廣橋牧師は「はい、教会開拓をします」と決断されました。それから2週間後の1月20日、彼らは千葉市役所へ行って情報を集め、稲毛、検見川浜、そして幕張の地域を見て回りました。そして2月17日には、アメリカにある大きな教会から、廣橋先生へのサポートに興味があるとの連絡が入ります。3月22日には、カート・ドブス長老と奥様が幕張に到着し、ホテルニューオータニに滞在されました。その時、廣橋牧師の息子さんの廣橋信一先生が廣橋牧師のために通訳をし、ドブス長老は前向きに検討するということで、その年の5月28日から29日にかけて廣橋牧師をアメリカのPCPC(パーク・シティズ長老教会)へと招待したのです。(ところで、1999年の5月に他に何が始まったかご存知でしょうか?実は、現在、日本長老教会で最大の中会となっている「東関東中会」がスタートしたのもこの時なのです。)その後、廣橋牧師が6月10日にアメリカから帰国されると、6月21日にはURとの仮契約を済ませ、7月1日までに暫定小会が立ち上がりました。そして7月5日、廣橋先生ご一家は、ミラリオでの生活をスタートさせたのです。それから2年後の2001年5月27日、5名の教会員によって、教会が設立され、最初の礼拝が捧げられました。ミラリオでの礼拝には30名が集まりました。彼らはミラリオの集会室で「ダラス・アフタヌーン」という祝会を開き、その後、30名でプレナの「食いドン」という焼肉屋さんで2次会のような感謝会を行いました。海浜幕張めぐみ教会がなぜこれほど祝会が好きなのか、、、そのルーツがここから来ていることがわかりますよね(笑)。
これがどれほどものすごいスピードで進められたか、想像できるでしょうか?もちろん、その道のりには数え切れないほどの困難や壁があったはずです。しかし、まるで何もない荒れ地に、突然「いのち」が芽生えたように見えませんか?廣橋牧師はいつも私に、ご自身が教会開拓を続ける支えとなった聖書の言葉は、今日の箇所であるイザヤ書43章19節から21節だったと語ってくれました。それは、神様の川が、何もない不毛な荒野にいのちをもたらすという約束の言葉です。
私は昨年から、KMGCの「4つの特徴」について説教をしています。1つ目の特徴は、KMGCが「主の羊を探し出し、養う教会」であるということでした。そして今年のお話しの特徴は、KMGCが「みことばに堅く立ち、新しいことに挑戦する教会」であるということです。教会の25周年という節目が、まさにこの特徴の年に重なったことは、信じられないほど神様の摂理だと感じています。なぜなら、これこそがKMGCが始まった理由そのものだからです。今日は、二つのことをお話ししたいと思います。まず、聖書全体を通して、このイザヤ書43章19節から21節の約束を見ていきます。その上で、この約束に照らして私たちが覚えておくべき「3つのこと」を分かち合いたいと思います。
まず、イザヤ書43:19-21の「川の約束」を見ていきましょう。最初に、「川の約束」を見る前に、「砂漠の現実」に直面しないといけません。19節で、神様は「荒野に道を、砂漠に川を設ける」と言われます。聖書において砂漠とは単に雨を待つ場所ではなく、「完全な霊的な死」を表します。つまり、神様のみことばの完全な拒絶です。 イザヤは、人々の根が腐り、花がちりのように吹き飛ばされると警告しました。それはなぜでしょうか?「彼らが万軍の主のおしえをないがしろにし、イスラエルの聖なる方のみことばを侮ったから」です(イザヤ5:24)。砂漠の悲劇は、単に水がないことではありません。地面がカチカチに干上がって(ひあがって)しまい、水を吸収できないことにあるのです。水がそこに流れても、ただ表面を流れ落ちてしまうのです。霊的な死とは、神様のみことばのいのちを吸収できない状態のことなのです。
続く20節を見てください。神様は、「野の獣、ジャッカルや、だちょう」が住む場所に水を与えると言われます。聖書では、ジャッカルは呪われた廃墟や完全な荒廃を象徴しています。この「住むことのできない霊的な荒れ地」について、現代の最も的確な例えは、遠藤周作が小説『沈黙』の中で描いた、日本に対する有名な描写でしょう。遠藤は日本を「泥沼」と呼びました。登場人物の一人はこう嘆きます。「この国はあなたが考えているよりももっと恐ろしい沼地だった。どんな苗をこの沼地に植えつけても、その根は腐りはじめる。…われわれはこの沼地に基督教という苗を植えた。」それは、霊的ないのちを維持することに対して、日本には根本的に敵対する文化や環境があるという事です。いのちの種が成長する前に、それを腐らせてしまう、というのが遠藤周作の「泥沼論」と言えます。しかし、イザヤの言う砂漠は、遠藤の泥沼論よりも恐ろしい現実を表しています。なぜなら、沼地には水があるからです!
廣橋牧師は25年前の開拓時、この沼地の現実を痛いほど理解し、幕張ベイタウンの文化の難しさをよく口にしておられました。私から見ると、緻密に計画された豊かなこの街の快適さは、極端な「自己完結」の文化を生み出します。 この社会の構造そのものが泥沼のように機能し、神様を必要とする心を静かに窒息させていきます。見た目には、ベイタウンは現代のオアシスかもしれません。しかし霊的に見れば、そこはジャッカルに守られたコンクリートの砂漠であり、私たちの周りに立つ高層マンションの中で、みことばが根を下ろすことは信じられないほど難しいことなのです。
しかし、私たちは日本の文化やベイタウンのコンクリートを非難するだけで終わりません。聖書が語る恐ろしい真理は、その不毛な荒れ地こそが私たち自身の心の姿だということです。キリストに出会う前、私たち自身が砂漠でした。 預言者エゼキエルは、私たちが生まれながらにして「石の心」を持っていると言っています(エゼキエル36:26)。石の上に川の水を注いでも、その中心は骨の髄まで乾いたままです。エゼキエルはさらに踏み込んで、私たちは太陽にさらされた「干からびた骨の谷」であったと言います(エゼキエル37:1-2)。もし神様がただみことばの雨を私たちに降らせただけなら、その水は私たちの石のような高慢さにはじかれ、流れ落ちてしまいます。
次に、神様のみことばの川を見たいと思います。この絶望的な砂漠のど真ん中で、神様は語られます。神様が何と言われているか、よく聞いてください。「わたしは荒野に道を、砂漠に川を設ける。」これを聞いたイスラエルの人々は、「道を設ける」という言葉に、一瞬で鳥肌がたったはずです。ほんの3節前で、神様は最初の出エジプトの出来事を彼らに思い出させていました。「海の中に道を、激しい水の中に通路を設けた主は、こう仰せられる。」(イザヤ43:16)イスラエルの民が紅海でエジプトにより挟み撃ちされたとき、それは文字通り行き止まりでした。しかし、神のみことばが語られると、水は真っ二つに裂け、神様は不可能のど真ん中をまっすぐに突き抜ける、救いの道を切り開かれたのです。
今、神様は「新しいこと」、つまり第二の出エジプトを告げておられます。今回は奇跡を逆転させ、水の中に乾いた道を造るのではなく、乾いた地の中に水の道を造られるのです。コンクリートの街に開拓された教会にとって、これこそが私たちの希望の錨です。 これが廣橋先生が信じた「川の約束」です。神様は、不可能を切り開く専門家です。人間の知恵が行き詰まった時、神のみことばが新しい道を切り開くのです。
では、神様が私たちの砂漠に送ろうとしておられるこの「水」とは、一体何なのでしょうか。イザヤは私たちを推測させるままにはしておきません。この書巻の後半で、いのちを与える水のイメージを、語られた神のみことばと明確に結びつけています。イザヤ書55章10-11節で、神様はこう言われます。「雨や雪が天から降って…地を潤し、芽を出させ…そのように、わたしの口から出るわたしのことばも…」。そしてイザヤ書44章3節では、渇いた地に水を注ぐことと、ご自身の聖霊を注ぐことを同じこととして語っておられます。「川」とは、神のみことばを通して力強く働かれる聖霊のことなのです。神様は、干からびた骨や淀んだ沼地を見て、「自分で治りなさい」とは命じられません。神様は、ご自身のみことばによる、一方的で主権的な洪水を約束しておられるのです。
私たちは、この川の圧倒的な力を理解しなければなりません。人間の言葉が砂漠に入っていく時、それは焼け石に水のようなものです。一瞬で蒸発してしまいます。しかし、神のみことばが砂漠に入る時、それは死者を復活させるのです。エゼキエル書37章の、あの干からびた骨の谷を思い出してください。太陽にさらされたガイコツたちは、どのようにして生き返ったのでしょうか。神様はエゼキエルにたった一つのことを命じられました。「預言せよ(みことばを語れ)」。彼が骨に向かって神のみことばを語った時、聖霊の息が激しく吹き込みました(エゼキエル37:4-5)。みことばは、骨を単に教育したわけではありません。骨を復活させたのです。
エゼキエルは、同じこの力に関する別の預言も見ています。彼は神様の御前から流れ出る川を見ました。この川はどこへ行くのでしょうか。まず、荒野の中へ流れ、東へアラバへと下っていきます。それは真っ直ぐ死海へと向かうのです(エゼキエル47章)。死海は究極の沼地です。塩分が強すぎて、生命が絶対に生きられない、まさに死の盆地です。しかし、エゼキエルは驚きながら見つめます。神の川が死海にぶつかると、その淀んだ水は完全に癒されました。水は新鮮になり、突然、生き物の群れが現れたのです。川の両岸には奇跡の木々が育ち、毎月新しい実を結び、その葉は大地に癒しをもたらします(エゼキエル47:8-12)。
最後に、この川は世界の果てまで広がる激流に変わります。20節と21節で、神様は「わたしの選んだ民に飲ませる。…この民は、わたしの栄誉を宣べ伝えよう。」と言われました。私たちの心は、この世の何を注ぎ込んでも決して満たされない、底なしの砂漠のようなものです。しかし神様は、すべての民族の渇ききった魂を真に満足させる、いのちの水を約束されたのです。旧約の時代、これはまだ約束に過ぎませんでした。宗教指導者たちの石のように硬い心は、この水を弾き返していました。しかしペンテコステの時、使徒の働き2章で聖霊が注がれ、古い契約のダムはついに決壊しました。
川はエルサレムから流れ出し、サマリヤへ、そして地の果てへと押し寄せていきました。川が流れていったすべての場所で、あらゆる民族がこのいのちの水を飲み、底なしの渇きを癒されました。死海は生きた海へと変わり、21節の約束通り、神を礼拝する大群衆が世界中で立ち上がったのです。2000年の時を超え、みことばの川は信じられないような旅をしてきました。エルサレムからローマへ、北上してヨーロッパやスコットランドへ、大西洋を渡ってアメリカへ、そしてついに東京湾の岸辺へと打ち寄せ、日本に住む私たちの絶望的な渇きをも満たしてくれたのです。
しかし、この川は具体的にどのようにして地球を横断してきたのでしょうか。それは、神のみことばを運ぶ、平凡な男女を通してでした。25年前、ミラリオのマンションの一室で聖書を開いた、廣橋牧師ご夫妻のような人々を通して、聖霊の川が流れてきたのです。
しかしここで、私たちは一つの神学的な真理について明確にしなければなりません。それは、「人間は、川ではない」ということです。廣橋牧師は川ではありません。あなたも私も、川ではありません。エゼキエル書47章を注意深く読んでいくと、いのちの川が流れている時、人々はどこにいるでしょうか。エゼキエル47章10節には、「漁師たちがそのほとりに立ち…そこは網を引く場所となる」と書かれています。彼らは川を掘っているのではありません。自分たちでいのちの水を造り出しているのでもないのです。この25年間、神のみことばの川はただ恵みによって流れ続けてきました。そしてKMGCがやってきたことは、岸辺に立ち、網を下ろし、川の主がその網を、満たされた魚たちでいっぱいにしてくださるのを待ち望むことでした。
- これからの25年に向けた三つの適用
私たちの教会の歩みを振り返り、このイザヤ書の約束をどのように適用すればよいのでしょうか?KMGCが「みことばに堅く立ち、新しいことに挑戦する」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。
①「みことばに堅く立つこと」というのは、私たちが水を造り出すことはできないから、川の岸辺で休むことです。
新しい会堂に移り、美浜区に住む何万人もの人々に手を差し伸べようとすることは、重くのしかかるプレッシャーのように感じられるかもしれません。しかし、私たちは自分の立ち位置を忘れてはなりません。私たちは漁師であって、川ではないのです。自らの力でリバイバル(信仰の復興)を起こしたり、霊的ないのちを造り出したり、この街を救ったりするようには召されてはいません。教会としての私たちの仕事は、確信を持って神のみことばを真っ直ぐに語ることです。「みことばに堅く立つ」とは、その水の中にすでに「いのち」があることを信頼することです。「岸辺で休む」とは、他の何かではなく、「みことばの中」に網を下ろすということです。これがエゼキエル47章が現すものです。
これは、口で言うほど簡単なことではありません。実際のところ、はたから見ればとても滑稽に見えることなのです。まさにイザヤ書43章19-21節の通りです。想像してみてください。誰かがイスラエルの干からびた砂漠に巨大な魚網をかついで行き、「神様が川を造り、何もないところから魚を造り出してくださる。大漁になって帰ってくるぞ!」と言っている姿を。
世界中の人は言うでしょう。「自分でダムや水路を掘ったほうがいいんじゃないか?」「ただみことばが働くのを『待つ』なんて、お金と時間の無駄遣いじゃないか?」「魚釣りなんかやめて、砂漠の動物でも捕まえたらどうだ?」神様は、ご自身が川を造ると約束され、私たちには岸辺で休んで魚を捕るようにと言われます。これを信じることは、実は非常に難しいことです。しかし、これこそが教会の信仰なのです。
②新しいことに挑戦することは、「水を純粋に保ち、川が広がるようにあらゆる障害物を取り除く」ということです。
岸辺で休むように召されていると聞くと、私たちは「何もしなくていいんだ」と思うかもしれません。しかし、廣橋牧師や使徒パウロの歩みを見れば、それが教会のあるべき姿からいかにかけ離れているかが分かります。使徒パウロは、自分の働きをオリンピックで金メダルを目指すアスリートに例えました。それは、完全な集中力と、決して諦めない忍耐を必要とします。では、パウロの「競技」とは何だったのでしょうか。
一方でパウロは、神のみことば——すなわち命の水——を、絶対に純粋なままに保つことに命を懸けました。彼は全ての手紙の中で、みことばが人間の考えや文化、好みによって薄められたり、不純物が混ざったりしないようにと細心の注意を払っています。なぜでしょうか?それは、神のみことばだけが、不毛な砂漠を緑豊かな土地に変えることができる唯一のものだからです。だからこそパウロは、驚くべき集中力で、キリストの福音の純粋さを守り抜きました。たとえそのために、先輩の使徒ペテロや、恩師であるバルナバを怒らせ、自分の霊的な息子たちの機嫌を損ねることになったとしても、彼は決して妥協しませんでした。
そしてもう一方で、もしそれが福音の純粋さを損なうものでないならば、パウロはみことばが地の果てに届くのを妨ぐ事ができる「あらゆる障害物」を取り除きました。基本的には、彼は人々に「神のみことば」によってのみ、つまずいてほしいと願っていたのです。みことば以外の何ものも、人々の邪魔になってほしくなかったのです。パウロは様々な例を挙げていますが、現代の私たちに置き換えてみましょう。
もし皆さんがギリシャ語を理解できないなら、彼は皆さんのために一生懸命日本語を学んだでしょう。もしTシャツとジーンズを着ていること、あるいは牧師のガウンを着ていることが皆さんの気に障るなら、彼はそれを着るのをやめたでしょう。もし私がゴミの分別をちゃんとしないことが皆さんの気に障るなら、彼は皆さんと一緒に完璧に分別をしたでしょう。もし遅刻することが皆さんの気に障るなら、彼はすべての予定に早めに到着したでしょう。もし教会音楽が気に障るなら、彼はおそらく、みことばの純粋さを損なわず教会音楽を変えたでしょう。
みことばに対する「つまずき」はあるかもしれないが、教会は、みことばとは関係のないあらゆる「つまずき」を取り除くために、常に新しい方法を探し求めます。それは、この世界が思う「愚かで」、「弱い」福音を最も純粋な形で皆さんに届けるためなのです。ですから、忘れてはならないのは、神様が荒れ地に川を造られるとき、それは決して穏やかでゆっくりとしたものではありません。激しい、ダイナミックなものです。
③「みことばに堅く立ち、新しいことに挑戦する」ということは、川は日本の泥沼をも癒すから、勇敢に、熱心に励むことです。
最後に、廣橋牧師の先輩である、日本長老教会を始めた一人の小畑進先生の言葉を紹介して終わりたいと思います。これからお伝えするのは一言一句そのままの引用ではなく、小畑先生の熱い思いを私なりに要約したものです。小畑先生は、遠藤周作の「日本泥沼論」に対して、ただ落ち込んだり妥協したりするのではなく、燃えるような宣教の情熱をもってこう語りました。
「日本が福音を変質させてしまう泥沼であるということを、忍耐強い伝道の努力から逃げるための言い訳にしてはなりません。それを言い訳にして諦めるのは単なる『怠け者』です。私に言わせれば、日本を含めて、この世界全体が等しく泥沼なのです。アメリカ人だから、あるいはイスラエル人だからといって、日本人よりも生まれつき福音を受け入れやすいなんてことは絶対にありません。人間の心は、どこに住んでいようと皆同じように神に背く泥沼なのです。…ですから、戦う前から腕を組んで、逃げ腰になってはいけません。他のどんな国でも福音が正しく宣べ伝えられなければならないように、この日本でも、正しい福音が宣べ伝えられなければならないのです。そこにあるのは、ひたすらな献身と努力だけです。日本泥沼論は、決して『結論』ではありません。それは『序論』であり、『出発点』なのです。」
小畑先生は、日本が泥沼であるという現実から目を背けませんでした。しかし、だからといって絶望もしなかったのです。そして小畑先生は、一世紀の地中海世界という途方もない泥沼のど真ん中に十字架を打ち立てていった使徒パウロの言葉を引用して、こう締めくくりました。
「私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ1:16)
愛する兄弟姉妹の皆さん。これから先の25年、この幕張ベイタウンというコンクリートの砂漠で、あるいは日本の泥沼の中で、どんな困難があっても恐れることはありません。私たちはみことばの川の力、福音の力を決して恥としません。神様は必ず荒野に道を、砂漠に川を設けてくださいます。その水は、すべての泥沼を癒し、すべての死んだものを生き返らせる力を持っています。そのことを固く信じて、これからも共に、勇敢に、そして熱心に、岸辺に立ってみことばの網を下ろし続けていきましょう。お祈りします。
